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掌編小説

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掌編です だいたい、適当
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記事一覧

灯台と懐中時計

夜の海に優雅に浮かぶ一隻のタンカーがボォーっと汽笛を鳴らし、その曇った音が、だれもいない遠くの入江に響き渡った。

その入江には、集落があった。切り立った岩礁でできた海岸線があり。その一角の小さな砂浜の近くに閑散とした錆びついた漁村と、侵食されつつある不安定な崖の上に据えられた古い灯台が一つ建っていた。よく言えば、風光明媚であり、悪く言えば何もない不気味な集落であった。

夏場は、少ないながらも観

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あるパフォーマンス

それなり大きな駅前にある。それなりに立派な駅ビルの中にテナントがあるそれなりの値段帯のイタリアンレストランで、それなりの男と女が真剣に話し合っている。

最初はよくある痴話喧嘩か、もしくは別れ話か。レストラン中の誰もがそう思ったが。どうやらそんな単純な話ではないらしい。何人か客とウェイターは、全く興味がないふりをしながらも彼らの話に耳をそばだてていた。

「なんで、なんで。私と婚約破棄する

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透明なガラスの檻の中で。

透明なガラスの檻の中に3年も暮らしている。肌はボロボロにハゲ上がり、体のあちこちが少し千切れている。それでも死なない自分に感動する。

何故、自分が生かされているのかわからない。もしも、自分が自分より高度な生き物手によって展覧されているとすれば、このような惨めな姿で生かしてはおかないだろう。手当もする様子もなければ、殺す気でもない。ただ、食事だけはたっぷりとくれる。それが何故だかわからない。

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モビー (掌編小説)

私は『モビー』と呼ばれている。しかし、私の名前は『モビー』ではない。

それが、友人達の間で付けられる、たわいのないあだ名だったらよかったのだが、残念ながら私には友人らしい友人は一人もいない。

では、誰が私の事を『モビー』と呼ぶのか?
それは無数の知人で達である。

私は、友達はいないが、人の誘いは断ることはない。飲み会もそうだし、ボランティア活動も、宗教の勧誘も、セールス活動も、消防団も全て受

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極めて曖昧な前世達 0

 私は、人の前世がなんとなくわかるような気がする。『わかる。』と言うにはいささか自身がない。そこが問題なのである。

 そもそも、人が前世を語るとき。「あなたの前世は侍だった。」やら「さぞ品のある貴族でした。」なんていうような切り口で語られるのが常であるが、私がわかるのはそういった前世の生まれや役職的な事ではないのである。

 そもそも、私は生まれ変わりを信じていない。前世生まれ変わりを信じていな

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しりとりゾンビの逆襲 2

 リンガーハットのイデアの中で僕たちは高校球児そっくりのゾンビ建ちに襲われていた。高校球児も200人も集まると中々恐ろしいものであった。あるものはリンガーハットの前に止まっていたアルファードを破壊しだしだし、またある者はリンガーハットの窓ガラスを金属バットで叩きつけてきた。横着そうな個体はスマホを取り出してパズドラをやり始める連中もいた。

 阿鼻叫喚の店内で俺は肉体労働者風の男性と家族連れに詰め

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しりとりゾンビの逆襲 1

 『しりとりゾンビ』がやってきた。

何故ゾンビなのか?何故しりとりをするのか?誰にもわからない。ただ、現実世界で『しりとりゾンビ』に捕まってしまうと概念の世界に放り込まれて、概念の世界でしりとりを武器に戦わないといけないのである。

 しりとりを武器にして戦うとはどういったことだろうか?当初は理解できず不安に思ったが、『紳士な、しりとりゾンビ』が丁寧に教えてくれた。いや、そんなに丁寧に教え

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虹を掘る男

私は虹の干物が名産地の大虹川町の出身です。
だから父は、虹を掘る仕事をしていました。虹を掘る仕事も、昔と比べれば有名になってきましたが、まずはこの場を借りて虹を掘る仕事について説明をさせていただきます。

大きな虹の根元には、ゴツゴツしたクルミのような種が虹一個当たりで40個ほど実っています。それこそ、虹がかかる間の僅かな時間でしか採掘することができない虹の種であります。そして、父は虹の種を掘る名

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1991 モスクワの向日葵

「起きろ!!戦車だ!戦車!!」

眠い目を擦りベットからムクッと起き上がった、同部屋の小林がブラウン管に齧りついていた。いつもの悪ふざけかと思ったがそうではない、テレビでは強い調子のロシア語で何かを叫び続け、画面いっぱいに戦車が映し出されていた。

「なにこれ?」

「知るか!!少なくとも試合どころじゃ無いのは確かだ!」

呆然とテレビを眺めていると、窓の外から暴徒が騒ぐような声と戦車

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おっぱいとホームラン王

家の近所の商店街にある雑居ビルの1階に「玉田」という無個性なラーメン屋がある。そこのラーメンは不味いくはないが、決して旨くない。だから当然客も少ない。その代わり何時間座っていても文句を言われないので居心地は良かった、メンマと煮卵をツマミにチビチビとサッポロの赤星を飲みながら、面白い店のオヤジと下らない会話をして、〆に塩チャーシュー麺を食べるのが日曜日の夕方の定番だった。

その日のテレビでは、

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はんぺん

私は、はんぺんだ。
そう、おでんの中でグツグツ煮込まれているダシが沁みたはんぺんだ。

面白い事なんてないし、ひたすら煮込まれ続けるだけだ。

誰かに美味しく食べられるかもしれないし、ひょっとしたら古くなって捨てられてしまうかもしれない。

グツグツ煮え滾る鍋の中で、ふと気がつくと、そこそこ可愛い女の子に生まれ変わっていた。理由はわからない。

わかる事と言えば、道端ですれ違った男が振り向く程では

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