おっぱいとホームラン王
家の近所の商店街にある雑居ビルの1階に「玉田」という無個性なラーメン屋がある。そこのラーメンは不味いくはないが、決して旨くない。だから当然客も少ない。その代わり何時間座っていても文句を言われないので居心地は良かった、メンマと煮卵をツマミにチビチビとサッポロの赤星を飲みながら、面白い店のオヤジと下らない会話をして、〆に塩チャーシュー麺を食べるのが日曜日の夕方の定番だった。
その日のテレビでは、かつてのホームラン王、上田選手の引退セレモニーが執り行われていた。
「オヤジさん、上田選手って親父さんの同級生でしょ?」
厨房の中のオヤジさんは小さなグラスに注がれたビールをチビっと飲んでから口を開いた。
「ああ、あいつは立派なホームラン王になったよ。そして俺はオッパイ王さ。」
「なに、オッパイ王って?」
オヤジさんは手を組んで遠くを見つめた。
「もう、30年前の話だ、、、」
店のオヤジがまだ無垢な中学生の少年だった。夏の夜、強烈な耳鳴りの後、金縛りにあってしまった周囲を見回すと枕元に、野球帽を被った青白いオッサンがヌッと立ち尽くしながら少年を見つめていた。よく見ると足は無く宙にフワリと浮いている。幽霊だ!と思い。とっさに助けを求めようとしたが、口の自由さえ一切効かなかった。恐怖で狼狽した少年に野球帽のオッサンは、思いがけず優しく話しかけてきた。
「実はワシ、野球の神様やねん。」
少年は驚きと混乱で目を満月の様に丸くした。そんな事は構わず、野球のオッサンは話を続ける。
「ワシな打者の神様やねん、でな、君にお願いがあるんやけど、君の同級生の上田くんな。彼、超大物打者の卵やわ。でもな、問題があんねん。それで、お願いやけど、もし上田君が先生に怒られる様な事したら庇ってあげてくれへんか?いやな、それが原因で野球辞めてしまうんや!君には悪いけどな将来の大物打者を救うと思えば悪い気せんやろ?ほなな!」
野球のオッサンが消えると、ぱっと少年の金縛りが解けた。なんだ今のは?と思いながらも少年は再び眠りの底へ落ちていった。
次の日、学校に行くと野球部顧問の川越先生が顔を真っ赤にしてグラウンドで上田君に怒鳴り散らしていた。川越先生は野球部の顧問としては優秀だが、人間的には問題がある人だった。
「上田!お前、野球部の部室にエロ本を持ってくるなんていい度胸してんな!お前は首だわ!明日から来なくていいわ!」
怒り狂う川越先生の手には『オッパイ王』と書かれたエロ漫画が握られていた、それを丸めてスコンと頭を叩く、上田君は何も言えずに泣きじゃくりながら俯いていた。 その光景は滑稽であり、同じグラウンドで朝練をやっている他の部活からの嘲笑の的になっていた。クスクスと笑う内の一人がボソリと呟いた。
「あのエロ本、先輩からの嫌がらせでしょ!相変わらず野球部エグいなー!」
『そうだ、上田君は才能ゆえに野球部の先輩から陰湿なイジメを受けていると聞いたことがあるぞ。ここだ!野球帽のオッサンが言ったのはこれだ!将来のホームラン王がこんな所で消えてはいけないのだ。』
少年は腹一杯に空気を吸い込んで叫んだ!!
「俺だ!!俺が犯人だあああ!!!オッパイ王は俺だあああ!!」
ありったけの大声をあげてグラウンドを駆けずり回った!呆気に取られて静まり帰るグラウンドに中で少年は川越先生に胸倉を掴まれ全力で地面に叩きつけられた。その後、少年のあだ名は、中学3年間オッパイ王になり、上田君はホームラン王になった。
「っと、いう話さ。」
俺は、ブハハハと笑う。
「オヤジさん。何その話?オヤジさん全然特しないじゃん?」
「でも、それでいいんだよ。」
フフフっと、笑いつつテレビを見るとセレモニーでは上田選手が最後の言葉を言うところだった。
「私は中学校時代にイジメられていました。ですが、私を助けてくれてた友人がいました。彼は『君は将来のホームラン王になる人間だ!ここで潰れては行けない。』そう言ってくれました。その言葉を聞いて、絶対にホームラン王になってやろうと決めました。人の可能性は無限大です!しかし、多くの人間が自分の可能性を何処かで潰されてしまいます!幸運な事に私は彼に救われて今日セレモニーに立つ事ができます。皆さんも自分の可能性を信じてください!そして誰かの夢を叶えてあげる人間になってください!最後に、彼もう一度、ありがとうと言いたい!助けてくれてありがとう!!」
猛烈に感動して震えた。そしてオヤジと深酒をした。閉店間際になってガラガラっと扉が開く、後ろを振り返ると、上田選手がオッパイの形をしたトロフィーを持って立っていた。
「ありがとうオッパイ王!」
その日のラーメンは凄くしょっぱかった。
うーん。ドッスン