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死のうと思っていた。いつか誰かに聞いたことがある方法で死のうと思ったのだ。
僕は心穏やかだった。フラフラと学校の中を歩いていると、空き教室から声が聞こえた。誘い込まれるようにそこに入ると異様な光景が広がった。ダンボールを雑にガムテープで繋ぎ合わせたようなトンネルに穴があって、人がそこに入っていた。5人ほどがダンボールにあけられた穴から顔を出して目を瞑っているのだ。なにしてるんだろう。
1番端のダンボールに空きがあるのに気がついて、どうにでもなれって思いながら僕も入った。見よう見まねで彼らと同じようにダンボールの穴から顔を出して、目を瞑った。

「なにしてんの」
「映画を撮るんだよ」
「なに、これ映画なの?」
「そう。君は誰?」

目を瞑りながら会話をしているのが、端からみて奇妙だなと思った。意味がわかんないけど受け入れた。君は誰って質問を無視して、そこで考えてみた。
僕は誰なんだろう。誰でもない、僕はただの僕。もう死ぬんだからどうでもいいか。

僕が答えなくても誰も何も言わなかった。静かに時が過ぎる。おかしな連中だ。誰が見たいんだこの絵。そう思った。しばらくそうして居たけど、なんか気が済んでダンボールから出た。

「もう行くの?」
「うん、もういいや」
「そう、また来るといいよ」

僕は教室を出て目を瞑った。いつか聞いた死ぬ方法を思い出していた。目を瞑りながら歩く。これが必要なんだと何故か知っていた。目を瞑っていても、どこにもぶつかること無く身体は動く。僕は知らなくても身体は知っているようだった。

目を開けると乱雑に積み上げられた鉄骨や木のスクラップの上にいた。古い椅子や机が積み上がっていて、ここは学校の屋上だと思ったけど、もっと高く感じる。すごい高さだ。下を見ても積み上げられた鉄クズのせいで地上は見えない。ここから飛べば死ねるだろう。地上に落ちなくとも、落ちている間にクズの隙間の硬い鉄骨に頭をぶつけたりすると思った。これが死ぬ方法だったのかはわからなかったけど、もういいんだ。
空は青くて、飛行機が見えた。夏休みの学校に青い空。なんていい日だろう。僕はとても穏やかな気持ちでスクラップの間の隙間の縁に座った。隙間はトンネルみたいになっていて、底は見えない。ここが僕の終着点だと思った。
これで終わる。なにもかも。
さぁ行こう。僕の信じた世界はこの世ではない。目の前で揺れた邪魔な前髪を無視してそこに飛び込んだ。

びっくりするほどのスピードで落ちていく。硬い鉄骨は僕の身体を避けるように、何故か当たらない。ずっと落ちていくのにやっぱり怖くなくて、でも死ねるのか段々不安になってきた。落ちながら上を向いた。ずっと上に小さく青い空が見えて、綺麗だと思った瞬間に体が止まった。
ドスン、と音を立てて止まったそこは地上でもどこでもない。穴の途中で止まってしまったのだ。くそ、計算を見誤ったか。
鉄クズの隙間にゆらりとゆれる影が見えた。魚のように揺れるそれが女の子だと気がついた。ショートボブで可愛らしい顔をしたその子が鉄くずを掴んで、ガシャンと音を立てて僕の顔に寄ってきた。

「アンタも死のうとしたの?」
「うん、君も?」
「そう、私は今日じゃないけど」

にこっと笑うその子は僕の額に自分の額をくっつけた。目を瞑れって言われてるような気がして素直に目を瞑った。
一瞬瞼が黒くなって、次には目を瞑っていても青くなっているように感じた。もういいか、と目をあけると、そこは海だった。

「私はね、ドラム缶に入ったの」
「ドラム缶?」

彼女の視線を追うと、数え切れないほどの錆びたドラム缶が海の中を浮いていた。その中にいるのが死にたい人だということを理解した。酷く綺麗な海の底から無数のボロボロのドラム缶が浮きたいと言っているように聞こえた。海面から反射する光がキラキラと差し込んでいて、これほどに異様な、けれど美しい光景はないと思った。

「君は死ねた?」
「ううん、私は浮き上がっちゃった」

彼女は海面を指さしてそう答えた。浮き上がりたいと思うドラム缶は浮くし、そうじゃないドラム缶は沈んでいく。でもほとんどのドラム缶は沈むのを拒んで、浮きたいように見えた。

「私は真っ先に浮き上がりたいと思っちゃったんだよ。死のうとしてるのに変だよね」

彼女が笑った瞬間に元の鉄骨の間に戻ってきた。相変わらず足元が不安定なのに怖く感じない。そばにあった、元々は学校の机の足であったであろう棒を掴むとガシャンと音がなった。

「君も同じなんだね」
「同じ?」
「そう、私と同じ」

ちょっと心外だった。僕は死にに来てるのに、浮き上がりたい人と同じにされている。でも未だに死ねていない。死んだ後の夢かと思いたかったけど、決してそうではないと何故かわかった。
死にに来てるのに、なぜ死ねていない?何故鉄骨は僕を避ける。僕を見て柔らかく笑う彼女がまた口を開いた。

「だからね、私は殺す事にしたの」
「殺す?」
「そう、私をこんな風にした奴を、みんな殺すのよ」

ふーん、と答えながら考えてみる。殺すって、何だよ。だって、そんなことが僕に出来てたらそもそも飛び込んでないだろ?僕がどうしてこうなっているのか、もうひとつも思い出せないけれど、死ぬ事が1番いいと思ったのに。こんなに心穏やかになれたのは、生まれてはじめてだったのに。

「君もそうしたいと思ってるでしょ」
「僕はいいよ、めんどくさいし」
「でも、出来るって言ったらどうする?」

彼女は髪を揺らして鉄骨から離れた。鉄骨の隙間からフワリと宙で一回転したのが見えた。

「私ができるって、言ってるの」
「そりゃあ、信じるしかないね…」

ふふ、と笑った彼女はもう一度鉄骨に近づいて言った。

「出来るから、大丈夫だよ」
「そう?また会える?」

彼女は何も答えずにまた僕の額と自分の額をくっつけた。否応なしに目が閉じられる。ぐんぐんと落ちていく感じがして、気がつくと床に足がついている感覚がした。
目を開ける。さっき掴んでいた鉄くずは机の足のまんまなのに、場所が変わったようだった。
机と椅子で作られたバリケードは不格好な雪のかまくらのように積み上げられていて、足元に小さく穴があいていた。
下手なバリケードの隙間から、先程教室で映画を撮っていると言っていた数人がなにか話しているのが見えた。
ああ、浮いてきてしまった。そう思った。
バリケードの隙間から出て彼らに近づいた。

「ああ、君、またいたの」
「うん、何してるの?」
「さっき撮った映像に、君が映ってないって言うんだ」

そう言って1人がカメラの再生を押して僕に突きつけてきた。カメラにはさっきのダンボールのシーンがうつっていた。たしかに僕は映っていない。メガネの彼が誰かと話しているのだけは写っているのだ。とても奇妙な映像で笑ってしまった。
だけど、僕はここにいるのだ。浮いてきてしまった僕が。さっき飛ぶまで穏やかだと思っていた気持ちとは比べ物にならないほど今の心が軽くて、次はなんでもできそうだった。
そう、僕はここにいる。そう確信した瞬間に、映像に僕が現れた。メガネの彼と奇妙な箱に入って、奇妙な会話をしてる映像。なんだよこれ、とまたウケて声に出して笑った。

「撮った人が消えるわけないだろ」
「え?だって今……あれ?」

僕に突きつけていたカメラを自分のほうに引き寄せて確認する彼が不思議そうに頭をかいて僕を見た。

「えぇ?そりゃそうだろうけど…そうか…」
「うん、なんかの間違いだよ。で、結局これなんの映画なの」

僕がメガネの彼に問いかけると乱雑に置かれたカバンの上からくしゃくしゃになった冊子を持ってきて手渡された。ペラペラと捲ってみる。セリフが書いてあって、原稿なのが見てとれた。

「よかったら君も来なよ」
「うん、来るよ」
「やけに簡単に承諾するね」
「うん、何でもやれる気がするから」

そう言ってまた机と椅子のかまくらの中に入った。小さな入り口から見える窓にこれでもかというくらい青い空が広がっていた。小さく飛行機が飛んでいるのがうつって、誰も邪魔しに来ないのをいい事に僕はそれをしばらく眺めた。邪魔な前髪が青く光っているような気がした。


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夕方ウトウトして見た夢です。私男の子でした。夫に起こされて起き上がった時に、小説にしなければならないと使命感が湧いて1時間ほどで書きなぐったものです。文章がちぐはぐなのはご容赦ください。
何か大切な夢のような気がしてならなくて、ずっと考えています。とても美しい綺麗な夢でした。光景がはっきり目に浮かぶほど覚えているから、絵を描いて見ようと思います。なんだったんだろう。


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