大洗サーフレジェンドヒストリー 風の来し方、波の行く末。

「この街で最初に波に乗ったのは誰だ?」 茨城県大洗町を舞台に、サーフィンの導入と発展を紡ぐリサーチプログラム。 この街のレジェンダリーサーファーたちからかつての海を記憶を聞き、次世代に繋いでいく試みです。

大洗サーフレジェンドヒストリー 風の来し方、波の行く末。

「この街で最初に波に乗ったのは誰だ?」 茨城県大洗町を舞台に、サーフィンの導入と発展を紡ぐリサーチプログラム。 この街のレジェンダリーサーファーたちからかつての海を記憶を聞き、次世代に繋いでいく試みです。

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    Legend2:小野瀬祐一さん(4)

    (前回の続き) レジェンダリーボード(倉庫に移動して) ––––この板を小野瀬さんのイトコのお兄さんが使ってたんですか。 小野瀬:使ってたと思うんですよ。ガレージの中にあった。だけどもう壊れてたからそのまま置いておいて。 ––––貴重ですね。 ––––シングルですね。見た目は重そうですね。 小野瀬:素材も重いですよ。長さは二メーターくらいですね。多分大洗のルーツはここだと思うんだ。俺の知ってる限りでは。(その頃自分は)始めてないから、自分の大先輩が始めた頃の話。

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      • Legend2:小野瀬祐一さん(3)

        (前回の続き) 阿字ヶ浦から大洗へ小野瀬:その頃の大洗って、サーフィンはあんまり(主流ではなかった)。夏は午後から南風が吹いちゃう。午前中はできるんだけど、自分らは南風だと阿字ヶ浦が朝からいいって知ってるから、夏は南風だと阿字ヶ浦。北風だと大洗。北東が吹くと平磯(※現ひたちなか市平磯町の海岸)も出来た。港に囲まれて風の影響もないから。 常連:本当に阿字ヶ浦で出来なくて、大きいときだけ(大洗でやった)。 小野瀬:低気圧が来て北風が吹く時は大洗で(やっていた)。昔は風向きで

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        • Legend2:小野瀬祐一さん(2)

          (前回の続き) 大洗の“free and easy”小野瀬:自分の一世代前には、もう大洗が(サーフスポットの)メインだった。“free and easy”っていうお店が大洗にあったって聞いてるけど、自分もその時代にサーフィンしてなかった。 ––––それはサーフショップだったんですか。 小野瀬:そう、メーカー。そこの古い板もうちにもあるんだけど。 ––––そこが坂本さん(イエローサンズ代表の坂本清克さん。前回参照)が仰ってた、大貫にシェイパーさんがいたっていう話なんです

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          • Legend2:小野瀬祐一さん(1)

            サーフショップウェッジオーナー:小野瀬祐一さん  サーフショップ「ウェッジ」は、大洗町の最北端、那珂川の河口からほど近い場所にある。栃木県の那須岳を源とするこの川は、今もサケやアユが遡上する関東最後の清流として名高い。そしてこの那珂川の河口に位置する大洗海岸は、毎年Japan Pro Surfing Tourの「I.S.U茨城サーフィンクラシック」が開催される県内随一のサーフスポットでもある。  私たちは、そんな恵まれた場所に位置する「ウェッジ」のオーナー、小野瀬祐一さんに

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            • Legend1:坂本清克さん(4)

              (前回からの続き) 現在の大洗サーフィン事情––––今と昔で変わったことってありますか。やってる人は当時より増えましたよね。 坂本:(サーファー人口が)増えたね。阿字ヶ浦もそうですけど、ここにも地元でやってる人たちがいて、どっちかっていうと、よそから来る人はその地元の人たちのことをわかって、多少遠慮してやってたんだけど。今はもうその辺がなくなっちゃって。 ––––サンビーチとか大きくメジャーになると。 坂本:やってる人もあんまりそういうことを気づかずやってる感じがしま

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              • Legend1:坂本清克さん(3)

                (2020.7.6一部訂正) (前回からの続き) 坂本さんのサーフヒストリー––––坂本さんは大洗から離れたんですか。 坂本:一八のときに神奈川に行った。サーフボードとかウェットスーツとかやってるとこ。知り合いがその時(神奈川に)行ってて、そこのシェイプしてたんで紹介っていうか。叔父さんがここにいてもしゃあないから、神奈川いけって。就職みたいな感じで。で、神奈川で大きいサーフショップでお店番、店員みたいな。 ––––そのときは湘南の海に入ってたんですか。 坂本:湘南

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                • Legend1:坂本清克さん(2)

                  (前回からの続き) 最初のサーフショップ––––その頃サーフィンで覚えてることはありますか。怖かったとか。 坂本:ボードもチョウロク(=マトモ)じゃないけど、リーシュコードってあったんだろうけど、ウチら買えなかったし。サーフショップがまず大洗になかった。始めた頃はイシゲさんが、今の那珂湊(ひたちなか市の地名。大洗と橋で隣接する港町)でテナントを借りてサーフショップ始めたんだよね。ワックスとか買いに行くのはそこで。で、大洗で初めてサーフチームみたいなのができて。その仲間たち

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                  • Legend1:坂本清克さん(1)

                    (2020.7.6一部訂正) イエローサンズ代表:坂本清克さん サーフショップ「イエローサンズ」は、全長一.五キロの海岸線をもつ大洗サンビーチの最南端にある。あまり観光客が立ち寄らないが、サーフスポットとしてはよいエリアだ。「海の子ポイント」といえば、茨城をホームにするサーファーにはなんとなく場所がわかるかもしれない。  取材に伺った際には、お店の改修工事が行われていた。「こっちに移転して一七年たった。ちょうど今が建て替えのタイミング」と代表の坂本清克さんは言う。三月初旬

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                    • はじめに

                       古代ポリネシア人がかつて海と対峙する中で育まれたサーフィンという行為は、大航海時代の最中、イギリスの探検家ジェームス・クックによって「発見」された。この民族の生の様式と密接に関係した行為が遊戯・スポーツとして人口に膾炙するようになるのは、二〇世紀初頭のハワイでのムーブメントを待たなくてはならない。カハナモク家の長男、デューク・カハナモクによって世界中に紹介されることになったスポーツとしてのサーフィンは、その後急速に発展することなった。世界中の海で様々なスタイルが育まれ、技術

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