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Legend2:小野瀬祐一さん(4)

前回の続き)

レジェンダリーボード

(倉庫に移動して)

––––この板を小野瀬さんのイトコのお兄さんが使ってたんですか。

小野瀬:使ってたと思うんですよ。ガレージの中にあった。だけどもう壊れてたからそのまま置いておいて。

––––貴重ですね。

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––––シングルですね。見た目は重そうですね。

小野瀬:素材も重いですよ。長さは二メーターくらいですね。多分大洗のルーツはここだと思うんだ。俺の知ってる限りでは。(その頃自分は)始めてないから、自分の大先輩が始めた頃の話。

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––––今って、大洗でシェイパーさんているんですか。

小野瀬:まあ趣味でやってる人はいるだろうけど、純粋に仕事としてやってる人はいないかな。


––––小野瀬さんは外に修行に行ったりはしてないんですか。

小野瀬:してない。ただキヨちゃんが湘南に修行に行ったところが、色んなブランドやってるわりと大きな会社で、自分もそこのアマチュアチームにいた。(プロサーファーだった)テヅカさんの弟が湘南に住んでたんで、よく行ったりはしたんですけど、住んでいたのはずっと茨城。

これからのこと

小野瀬:そういえば海水浴場が狭くなるんだって?

––––そうです。


大洗町は、2020年3月初頭の段階で、海水浴客の低迷などに影響を受けて同年の海水浴場開設の規模を縮小する計画を発表していた。
<参考>茨城新聞クロスアイ3月7日版
しかし、本記事を公開している2020年8月の時点で、大洗町は新型コロナウイルス感染症の影響拡大によって海水浴場の開設を中止し、その一部をサーフィンエリアとしている。
<参考>大洗観光協会HP 大洗サンビーチへお越しのお客様へ

小野瀬:この機会にエリア分けしてもいいんじゃないですか。大きな事故が起きる前に。要はパブリックな公園と同じなわけで、みんなが楽しめるような最低限のルールがないと。こんな広い海で、わざわざスクールの中に突っ込んでくることないでしょって。こういう人は、(始める時に)ちゃんと海の人に教わってない。そういうことではなく、みんなが安心して遊べるようなのがいいよね。お互いぶつかんないように(距離をとって)やろうよっていう最低限のモラルとマナーを認識して、(それでも)ぶつかっちゃったらしょうがないよっていう風になんないと。安心して遊べる公園みたいに、みんなでビーチで遊べて気持ちのよい時間を過ごせる環境になれば、長く海に集まってくれるんじゃないかなと思うんだけどね。大洗、せっかく砂浜も広くなってアクセスもいいから。

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––––やっぱり始める人にとって、サンビーチはいいですよね。

小野瀬:最高。関東にこんなに波と戯れてやれるところもないですよ。ゲレンデも駐車場も広いから。今日スクールやったとこなんか誰もいないんで。やっぱり喜んで帰るし。

––––移動すれば波のサイズも選べますね。

小野瀬:そう、自分にあったとこで出来るし。本当になかなかあんなとこはない。本当言えば、水周り、トイレとかがあれば最高なんだけどね。サンビーチは本当、どんどんやりやすくなってきている。いいところ、貴重な観光資源だと思いますよ。

サーフィンという文化

小野瀬:俺なんかもここで四〇何年やってきてるから、その間に起きて来たことが、文化として蓄積されていくじゃないですか。そういうことをこれから始める人にもわかってもらうってことが大事。オーストラリアだったりハワイだったり、カリフォルニアだったり、サーフィン文化が根付いてるところってそれがしっかりしてて、みんなが繋がっていく。だから年とってもみんな(街を)離れないし。社会も良くなるんじゃないかな。

––––まさにその第一歩として、これ(=大洗サーフレジェンドヒストリー)を作っていこうかと。なんだかんだで移住者で一番多いのもサーファーですから。

小野瀬:本当そう。その流れから、今度は大洗の豊かな自然の中で、食のことも考える人が来たり、子供を育てたいとか、そういう人たちが集まってくるようになったら大洗は良くなってくると思う。自然に。そういう人らの方が離れないと思う。

––––ガルパンもその一つかも(笑)


ガルパン……大洗町を舞台に2012年に放送されたTVアニメで、正式名称は「GIRLS und PANZER」。大洗町のイベントに声優が駆けつける、商店街にキャラクターパネルが展示されるなど、地域との連携によりファンが大洗に「聖地巡礼」するムーブメントとなっている。
<参考>大洗町観光協会HP
https://www.oarai-info.jp/sp/page/page000179.html

小野瀬:そういえばガルパンファンでサーファーの方いるんですよ。

––––じゃあウェッジに来たりとか。

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小野瀬:そう。たまに大洗遊びにくるんですよー、とか言ってた。そんで掘り下げてったら、サーフィンやってる子がガルパンファンで、大洗でサーフィンするのがやっぱりいい。ファンタジーの板とか持ってるんですよ。今度スクール受けてみたいって言って、友達五人で来てそのうち二人はサーフィンやってみて、あと三人は街をめぐってて、終わったら合流するって。定期的に来るって言うから、また来たらまたやろうよって。いや面白い現象かなって。そういう広がりも出てきてて。

––––面白い波が出て来ましたね。今日はありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

インタビューを終えて

 大洗のルーツにもっとも近いのでは、と当初私たちが考えていた小野瀬さん。お話を伺ってわかったのは、私たちが立っているのが大洗のサーフィン史のまだまだ入り口にすぎない、ということだった。小野瀬さんがお店を始めて約四〇年。その歴史の厚みの先にあるのは、今回何度も登場した「free and easy」というショップの存在なのかもしれない。お店の倉庫に残された、経歴不明の一枚のサーフボード。古びてもう使えないその一枚には、確かにそのロゴがあった。これが今後の私たちの調査の鍵となるかもしれない。

 また同時に、大洗サーフィン史のはじまりと現在。その間を繋ぐものの存在にも、おぼろげながら触れることができたように思う。今回小野瀬さんのお話に登場したさまざまなショップやサーファーの方々。これらの存在があって始めて、私たちが乗っている波と「はじまりの波」が繋がっていることに気付かされた。この辺りの事情についても、今後整理をしていく必要があるだろう。

 大洗と阿字ヶ浦。この関係については、坂本さんにお話を伺った時点でも触れていたが、ここに来てさらに掘りすすめることができたかもしれない。私たちは「大洗サーフレジェンドヒストリー」という名前で調査を進めてきたが、ひょっとすると一つの街や一つのビーチのみに焦点をあてるだけでは歴史全体を掘り起こすことは難しいのかもしれない。それは無論、サーフィンという行為が伝播する「文化」であることの何よりの証拠なのだろう。この辺りについては、日本全体のサーフィン史などに触れて、もう少し深めていきたい。

 というわけでLegend2:小野瀬祐一さんの取材はここで終了となる。今回の取材にご協力いただいた小野瀬さんに感謝しつつ、次はまた別の時、別の場所で、波の来し方と風の行く末について考えてみたい。

(Legend2終わり)


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