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気を遣いすぎない

世界中の人々がコロナウイルスのせいで自粛期間を経験し、生活に制限がかかり、楽しみが奪われ、人と距離を取り合って生活して1年以上。

人と距離を取るということは、
一人行動が大好きで、普段からできるだけ人と関わりたくない私個人から言わせればとても簡単なことだったしむしろ助かった部分も正直あった。

でも、

人との距離を全員がとって、さらにお互いに気をたくさん使って生きている今日この頃。
ウイルスに感染しない、させないために余儀なくされた相手を思う、想像すること。
もちろん相手を想像するのは大事だし、自分さえ良ければ精神は今や通用しないとは分かっている。

そもそもの始まりは、病原体と人類が戦うために”今は我慢して”という前置きみたいなのが
あってのことだったはずなのに、
こんなに月日が経つと、なんだかみんな生活する上で気を使わないで良いことまで気を使っちゃって、相手のことを考えすぎちゃって、自分の意見をまず飲み込むことに慣れてしまったように感じる。
私自身もそうなってしまっていると思うから。

そんな日々がつまらないな、と思うのだ。


もっと思っていることをそのまま吐き出したいし、したいと思ったことをしたいと思ったときにしたい。
まだまだ制限がかかっているので出来ないことはあるけれど、それでも思い付きや自分の本音を第一優先することはやめちゃだめだ。飲み込んじゃだめだ。
自分も相手にもそうであってほしい。

自分以外の誰かの本音や思い付きもめちゃくちゃ共有して欲しいし知りたい、聞きたい、見たい、一緒に感じたい。
思ったことをそのまま気なんて使わないでストレートに言葉にして欲しいし私もそうして今後は生きていきたい。
それでどう思うかは受け取る側の問題で、相手がどう思うかなとか、相手に良く思われるようにとかそんなのは一切なしにしたい。
ストレートに放った言葉と行動に嘘はない。
相手のそれを私がどう感じたかというのもストレートに伝えたい。もちろんいろんな意見があって当然という尊重のもとでだけど、無理に共感とかなしで正直にそのまま。

これはウイルス関係ないでしょう?

見えない敵との戦いは本当に精神が疲れる。みんなそうだろうな。
でもだからといってこの戦いに打ち勝つために私たちの人生を引き換えにはしたくない。たとえ一部であっても。


早く元の生活に戻ってほしいし、もしかしたら全くそのまんま前の生活には戻らないかもしれないけれど、
制限がかかったままの世界は一刻も早く終わりを迎えてほしいな。

私はこのつまらない、ぬるっと続いている気を使いすぎ社会にはもう飽き飽きしている。

この自粛期間で体も心も不調を経験してしまったし、たくさん泣いたしストレスはまだまだ抱えているけれど、今日からは100%正直にそのまんまの自分で生きることにするよ。

とこんなことを久々に好きな音楽を聴いて感じたのだ。
やっぱり自分の好きなことと距離は置いても、永遠に絶つなんてさみしいことはよそう。
自分の好きなことに今日も生かされたよ。

p.s髪の毛くるくるパーにしたのだ。したいと思ったからすぐした。レッドツェッペリンのロバートプラント(トップの写真参照)みたいだと言われたけど気に入ってる。

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