アシェラレイ 漆黒を継ぐもの (1)
あらすじ
19歳の舞藤りらは伊奈神社で巫女舞を奉納することになった
そのりらの舞を静かに見つめている亜瑠宮綾乃
そこからりらの宿命が花開いていく
「希望の種」を夢見ることが出来る未来であって欲しい・・・
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水が沈み 音が壊れし時 宇の泉 宙の泉 滅びたる
その滅びたるは マリアナ海溝の奥深くに眠る 地球の生命が絶える時
『漆黒に「宇宙」という深淵が存在した
宇から水の泉が 宙から音の泉が生まれた
水と音の泉が融け逢い光の調べが生まれた
光の調べは 赤の象・橙の象・黄・緑・青・藍の象から成る虹の銀河を創生した
虹の銀河は各々の象を司り歴史を記憶する白の奏という宇宙船を造った
この白の奏こそが地球という惑星であり 全ての生命を刻んでいる』
銀河の記憶の船を失ないし時 涙の波紋 漆黒に広がり
永遠に 創造への扉は閉じられる
アシェラレイ 受け継がれる 女神の血筋
因果の鎖断ちて 黎明に 萌芽を解放する
序 章 白鷺の羽根授かりし 伊勢の地は 遥か昔の香り届ける
第一章 竹が鳴り白羽の矢立ち 満月に溶け行く りらの奉納の舞
第二章 時を超え 綾乃に繋げし宿命が 次なる光鏡に映し
第三章 成星の儀式終え 任賜りし 琴座王女リエラの瞳
第四章 アシェラレイ 桃生の女神 水纏い揺らぎ抱いて 空を極める
最終章 幾重もの喜びの声包まれて すやすや眠るノア愛おしく
序 章
白鷺の羽根授かりし 伊勢の地は 遥か昔の香り届ける
ガラスの様にキラキラ輝いている初夏の眩しい陽射しが水面に反射している。田植えを終え若緑の苗が溢れる生命を躍動させている伊雑宮ご料田に
4羽の白鷺が舞い降りてきた。
りらは驚きと共に羽根を貴婦人の様に優雅に拡げている白鷺と風にそよぐ若緑の苗のコントラストの美しさに見惚れていた。
「まるで、佐美長神社の真名鶴伝説みたいだな」と大学生の兄の悟が声を掛けてきた。
「真名鶴伝説?」
「あぁ、倭姫命が巡幸でこの地を訪れていた時、一羽の白真名鶴が落とした 一本の穂から多くの稲が実り、この地に伊雑宮を置いた。
天照大神の遥宮とも呼ばれれている」
「白真名鶴は伊勢に恋をしたのかしら?微笑ましい素敵な伝承ね」
「りらは白鷺を4羽見たから抱えきれない実りを享受されるのかな?
吉兆だな」
「悟・りら、そろそろホテルに戻るわよ」と伊雑宮隣の駐車場から姉のみらが呼んでいる。
「は~い」と急いで駐車場に戻ったりらと悟は、父透・母珠美・姉りらが乗っているタクシーに乗り込んだ。
数年ぶりに家族で伊勢を訪れ、伊勢神宮外宮・内宮・伊雑宮を参拝した。
40分ほどかけて英虞湾が見渡せるホテルに戻ると、今回の参拝の計画を立てた姉みらの「このままレス十ランに向かって夕食をとりましょう」の声掛けで最上階に向かった。
窓際のテーブルに座り英虞湾に沈む夕日を眺め伊勢エビやあわびの新鮮な海の幸を堪能しながら、りらは伊雑宮ご料田に舞い降りて来た白鷺の事を話し始めた。
「鳥は神の遣いというから何か伝言を届けているのかもしれないな」と父透が口を開いた。
「そうですね。りらは来年大学生ですし、悟は大学院に進み、みらは益々舞藤流次期家元としての活動が忙しくなり、各々が新しい道に進んで行きますからね。大切なスタートとなる出来事が待っているのかもしれませんね。何かしら?楽しみだわ」と母の珠美が軽やかにステップを踏むような明るい声で笑っている。
舞藤りら 十七歳。
大きな瞳・肩まで伸びた美しい黒髪・すらりと伸びた腕脚はカモシカの様なしなやかさ躍動を感じさせる。富士額の古風な顔立ちだが古代の異国の風情を醸し出している。
舞藤家は古代から雅楽を以て朝廷に仕えてきた名家である。
明治天皇が東京に遷都した時を同じくして東京に居を構えている。
父透は舞踏を継承する舞藤流家元である。舞藤家の女性は古代から継承されている巫女舞を習得する。りらも幼い頃から稽古を積んでいる。故に感性が研ぎ澄まされ霊感が強い。その中でりらは特に強い霊力を有している。
ふっと様々な情景が浮かび未来を感知したり他人様の心の声が聞こえてきたり、カメラの様に一瞬にして事象を記憶するフラッシュメモリーの能力を有している。
これらの瞬間が極まる時りらの瞳は紫色を放つ。りらにとっては幼い頃からの普通のことではあるが秘すべき事と心にとめている。
「導きたるもの 兆しを拒み 軌跡を阻み 脈絡は絶命した
絡みし意図 益々嵐を巻き込み 空の静穏を築く
対極は 両翼を存在させ 天秤を図る
可視と不可視は いずれ光の波長を 紫の瞳に繋ぐ」
第 一 章
竹が鳴り白羽の矢立ち 満月に 融け行くりらの奉納の舞
( 一 )
ハナミズキやモッコウバラが咲き始めた新緑が仄かに香っている五月の中頃「りら、夏休みはお母様の京都の丹後の実家に行くんでしょう?」と大学のカフェでランチを取りながら万葉が訊く。
東坂万葉
りらは幼い頃から琴のお稽古に通っている。ピアノも習っていたが何故か琴の音色に惹かれ若くして名取を皆伝されている。
万葉とは琴のお稽古仲間であり小学校からの同窓で、現在は皇居近くの星慶女子大学人文学科で共に日本文学・歴史学を学び、他人様の本当の感情が分かる故に傷つき苦しむことを経験したりらとって、心置きなく何でも打ち明けられいつも優しく寄り添ってくれるとても大切な友人である。
舞藤家とは家族ぐるみの付き合いで勿論万葉も琴の名取を皆伝されている。二人で琴を合奏すると周りに情景が浮かび気持ちが溶け込み、心が解き放たれていく。とても気持ちが癒されりらが玉手箱の様に大切にしている時間である。
万葉の父は大学の物理学の教授であるが万葉集にも興味があり娘に「万葉」と名付けたと。その名前通り万葉は時々歌を詠み楽しんでいる。
2年前の伊雑宮の4羽の白鷺をりらから聞き歌に詠み贈った。
「白鷺の羽根授かりし 伊勢の地は 遥か昔の香り届ける」
高校卒業旅行にりらと万葉は奈良を訪れていた。奈良は神社・仏閣が凝縮とした京都とは異なり、ゆったりと里が点在し古からの時の流れもゆっくり紡がれている様に感じた。
「万葉の里って、時の流れが和音の様に心地よくゆったりと紡がれていて古からのグラデーションを垣間見るようで夢深いロマンを感じるわ」とりらが万葉に声を掛けた。
「そうね。彩りが咲きそろった様な絢爛な貴族たちが華やかな宴を催している。でも、陰で、この地でも壮絶な権力争いが繰り広げられていたのよ。
私は万葉集に残されている
大伯皇女の和歌{うつそみの人なるや明日よりは二上山を弟背と我が思む}を読むと胸が切り裂かれるほど切なくなるわ。弟の大津皇子を政略で失った慟哭が波打つように痛いほど伝わって来るわ。古代から詠まれる歌には意図的な朝廷の思惑を拡げる側面もあるけれども様々な人々奥底のの想いが込められていると思うの。
まるで神の依り代みたいにね。
だから、私は和歌が好きなのかしら?言霊を天上に捧げる。
「いにしえの都を思い我が心風に託して君を偲ばむ
「春浅き奈良の小径を乙女たちは光纏いて歩を刻まむ」
万葉も時々何か空の向こうを遠くを見つめている時がある。
りらにはその気持ちが刃が刻まれる痛みを伴うようによく分かる。
自分にしか分からない異質を抱え海底に沈んで行く様に息を止め秘していき、「化け物ね、魔物ね、悪魔ね」と容赦ない言葉を浴びせられ打ちひしがれ、万流から排された殺伐とした砂漠の廃墟の様な寂しさである。
そんな一面も見せるがラクロスで全国大会に行く程の抜群の運動神経を持ち何事にも全力で臨んでいく積極的で快活な性格の万葉である。そこがまた頼もしいとりらは思っている。
「えぇ、母の実家の神社が百年に一度の大祭で私が巫女舞を奉納するのよ」「みらお姉さまではないの?」
「私もそう言ったのよ。でも、お姉さまは秋の舞藤会や来春の結婚の準備で忙しくて大変みたいだし、従姉の蘭ちゃんでも良いと思うのだけど何故か私に白羽の矢が立ったのよ。まぁ、10代最後の記念にもなるからと思って」「それは大役ね。私だったら緊張してしまって立ち尽くしてしまいそう。
尤もりらだったら、どんな時でもどっしり構えているというか俯瞰しているというか動じない性格だから大丈夫でしょうけど。頑張ってね。
そうそう、折角京都に行くんだったら課題の研究もしてくるんでしょう?
丹後は歴史が古いから色々な場所を巡って来ると良いわ。
聖徳太子の祖母小姉君は丹後と関係が深いみたいね。籠神社もあるし龍宮伝説も興味深そうね。帰ってきたら一緒にレポートを纏めましょう」
「分かったわ」
りらはキャンパスライフを楽しみながら父透の指導の下一層の巫女舞の稽古に励んでいた。
新しい巫女舞の衣装も出来上がってきた。普段神社で奉納する白と橙の袴ではなく、光沢のあるシ透き通る様な雪色のシルクで織り上げられている
「素敵だわ、天女の羽衣の様に空に舞い上がって行く様な薄衣ね」
姉のみらも衣装の美しさに見惚れていた。
「りらちゃん、一生懸命お稽古を重ねて来たのだから自信を持って舞を披露してらっしゃい。りらちゃんの舞はきっと天に届けられるわよ」と母珠美が声を掛けた。
( 二 )
梅雨が明けセミの鳴き声が賑やかになり始めた七月の暑い朝、りらは京都に向かった。
「こんにちは」りらの元気な声が響く。
母の実家の伊奈神社は天橋立{日本海宮津湾にある砂浜でその姿が天に架かる龍の橋に例えられ、日本三景の一つとして愛でられている}より奥まった岬にあり竹林に囲まれている。りらは訪れる度にまるで隠れ里みたいだわと思う。
「いらっしゃい」祖母の香子が迎えてくれた。母からの手土産を渡し言付を伝え、リビングに行くと祖父淳史が待っていた。
「おじい様、こんにちは」
「よく来たな。今回は無理を言ってすまなかったな。でも、りらならきっと素晴らしい舞を奉納してくれるだろう。気負わなくて良いからりららしい舞を見せておくれ。楽しみだな。」
「はい。私なりに精一杯舞います。見守っていてね」
りらは神社の境内を見て回った。海からの潮風が気持ち良かった。
神社の本殿は海岸から少し離れた小高い丘陵に建っていた。神社の境内には樹齢三百年を超える御神木が森を成し、生い茂る緑葉の香りが漂っている。
夜になり神社への参道と周囲に篝火が焚かれ地域の住民たちが鈴を鳴らしながら集まって来る。里神楽の笛と太鼓の音も聞こえて来る。
百年に一度、本殿の奥殿に置かれているご神鏡がお披露目される。ご神鏡は掌程の小さな鏡である。古代、丹後国に渡来した異民族が奉納したと伝えられている。
ご神鏡の周りにはラピスラズリで宝飾が施されている。
ラピスラズリ シュメール文明の頃から宝石として珍重されている。
ご神鏡を縁取るラピスラズリに満月の光が射し込んでくる。ラピスラズリが青白い光を放ち周囲を照らしながらまばゆく輝き始めた。
その光に導かれるようにりらが舞い始める。
「光が優しく渦を巻いていく様に私を包んでいく。
身体が軽くなり周りの光に融けていく。透き通っていくのが分かる。
私の息遣いが真っすぐに夜空に響いて行く。天頂を突き抜けていく。
私を誘っている。私の意識は漆黒の宇宙と共に在る・・・
魂が静かに拡がり解き放たれて行く。とても素敵な気持ち・・・」
大きな拍手と歓声が湧き起こった。りらはとても満ち足りた気持だった。
ルリマツリの刺繍があしらわれた濃紺のシルクドレスに嫋やかな髪を纏め小羽根の付いたカクテルハットを被った女性が祖父淳史と並んでりらの舞を静かに見つめていた。
「清らかな透明感溢れる舞を見せて頂きました。凛とした佇まいも美しく静なるなかにも毅然とした矜持を感じました」
「亜瑠宮様、過分なお言葉を有難うございます」
「舞手は何方ですか?」
「私の孫の舞藤りらでございます」
「お会い出来ますか?」
「はい、後程伺わせます」
りらが祖父淳史を見つけて駆け寄って来た。
「おじい様、私の舞はどうでしたか?私とても気持ちよく舞うことが出来たわ。すごく満足しているわ」
「素晴らしかったよ。ご苦労だったね。有難う。
疲れているところを申し訳ないが鳥居で亜瑠宮様という女性の方が待っている。りらの舞を見て話しをしたいそうだ。挨拶してきて欲しい」
「亜瑠宮様?分かりました」
参道入口の鳥居に行くと月を静かに見上げている女性が待っていた。
「りらさん?」
「はい。舞藤りらでございます。亜瑠宮様でいらっしゃいますか?」」
「はい。亜瑠宮綾乃と申します。ごめんなさいね。とても繊細で全てを包み込む優しさに満ち溢れた舞でしたので是非、お顔を拝見したくて。
全身全霊で天に向かっている鳳凰の様でした。
百年に一度の大祭に相応しい舞でしたよ」
「有難うございます」りらは深く丁寧にお辞儀をした。
「一度遊びにいらっしゃい。おじい様にお話ししてありますからね。楽しみにしていますよ。では、ご機嫌様」
りらは不思議な気持ちを持ちながらも車に乗り込んだ亜瑠宮綾乃を見送った。
「綾乃さま、如何でございましたか?」車中で神宮寺が綾乃に声を掛けた。
「素敵な舞でした。漸く、後継者に巡り合うことが出来ました」
『アシェラレイ統帥の直系を継ぐもの ヘセドの徴開きオメガを究極する』
大切に育てて行かなければなりません。神宮寺さん、準備をお願いします」
「はい、畏まりました」
神社に戻ったりらに祖父の淳史が声を掛けてきた。
「亜瑠宮様は何と?」
「素敵な舞でした。今度遊びにいらっしゃいと。おじい様のお知り合い?」
「竹籠神社の宮司のお嬢さんで亜瑠宮コンツェルンの奥様だ。この伊奈神社は竹籠神社と繋がりが深く、今年は百年に一度の大祭ということでいらしたのだ」
「あの世界的に有名な亜瑠宮コンツェルン?凄いわ」
亜瑠宮コンツェルン 明治維新後、一早く石炭動力に着眼し西洋から機関車の技術を導入し交通網を開拓したことを契機に日本の様々な殖産業に寄与。現在では世界各地に事業所を持ち医学や宇宙開発にも携わっている。
人材育成にも積極的に関り学費給付金の充実や教育機器寄付等にも取り組んでいる。文化・芸術にも造詣が深い。
「りらを気に入られたのだろう。東京に戻ったら訪ねると良い」
「はい、でも、緊張しちゃうわ」
「りらちゃん、とても素敵だったわよ。疲れたでしょうから少し休んでいら っしゃい。お夜食も用意してあるわよ」と祖母の香子が声を掛けてきた。
「は~い。実はお腹ぺこぺこなの。頂きま~す」笑いながら走って行った。
「あなた、亜瑠宮様の御用事は何だったのですか?」
「りらの舞を見て、自分の後継者にと御所望なのかもしれない」
「えっ、りらちゃんを後継者に?亜瑠宮様はお決めになられたのかしら?」
「亜瑠宮様のお心の内は分からないがそれがりらの宿命であれば受け入れる しかあるまい。桃生の血筋を引くものの定めだ。りらなら大丈夫。
亜瑠宮様に全てお任せしよう」
「そうですね」輝く満月を見上げながら香子は呟いた。
りらもまた部屋でまばゆいばかりの満月を眺めていた。
「何て、素敵な時間だったのだろう。まるで背中に羽根が生えたように身体が軽やかになっていったわ。空高く登っていくような・・。
そして、何か懐かしい光に包まれて行く様な・・・。
私が私ではなく全てが融け逢って行く、静かに優しく広がって行く・・。
不思議な感覚だったわ。神様、素晴らしい時間を有難うございます」
りらは天に向かって静かに頭を垂れた。
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