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「恐怖」のち「プププッ」

やっと朝晩の空気に少し秋が混じってきたような…
この夏の猛暑は、私の心身にかなりのダメージを与えた。キツい暑さはいまだ現在進行形で、このうんざりする暑さのなか『暑いですねぇ…』から始まる会話が続く日々。

そんな酷暑の折、ひと時だけ、暑さを忘れさせてくれたゾッするお客さんがいた。

開店時間になり、シャッターを開けるべく外に出ると、カウンターに寄りかかるように、うつろな目をした女性が立っていた。
年齢は、40代後半くらいだろうか。一瞬目が合う。

(ここに居るってことは…お客さんさんだよね…?)

私は曖昧な、会釈のようなものをして、開店させる。
私が椅子に座ったと同時に、女性が目の前に立った。

『スクラッチ下さい』妙な気迫を漂わす女性に、圧を感じた。そして「声」だ。
女性のかなり独特な声に、なぜか私は慄然とした。震えているような、聞いたことのない不思議な声。誰に例えたらいいのか…
その声にゾゾッとしてしまった。とにかく、声に特徴のある女性。

『どれになさいます〜?こちらが販売中ですけど…』見本に手を添えて聞いてみると、1つのスクラッチを指差して、震えているような声で
『これ、これを1枚下さい!新しい袋から出して1枚下さい!』と、挑むような眼差しで私を見つめながら訴えるように言ってきた。(なにこの人…)

台風7号が、近畿地方から鳥取県にかけて、ゆっくり進んでいたこの日、私の住む地域は、遠く離れた台風の影響もあるのか、時折りザーッと雨が降っては、急に晴れたり、青空と黒い雲の境目が見えていたりと、不安定なお天気だった。

『あの〜、これは10枚入りで、10枚で売るのが基本なんですね!だけど1枚からでも買えます。開封したもので、バラ売り分がありますから、1枚だけならそちらから選んでいただけますか?』を言い終わる前に、女性は言葉を被せてきた。
『新しい袋を開けて下さい!お願いします!新しい袋から1枚選ばせて下さい!ダメですか?ダメですか?お願いします!』こちらの言葉を遮ったうえに、声を荒らげて、切実に訴えかけてくる。

(怖い。言いようのない不気味さと、図々しさに、一瞬狼狽えてしまった)

新しい封を開ける開けないは、ケースバイケースで、そのときのノリみたいなものもあるし、時によっては、こちらから率先して、開けましょうか?となることもある。

声高に、1枚買うから開けてくれと言われると、こちらも気持ちよく開封する気にはなれない。
女性は瞬き1つすることなく、私の目をジッと見つめたまま、なおも訴え続けてくる。

仕方ない。
『では開けますね!』1枚1枚数字が見えるように並べ始めた2枚目で『それ!!!それ下さい!!!』女性が言った。

(全部見ないで、すぐに決めるんだ…)

女性は支払いを終えると、無言で削り出した。
その間、私は女性を観察する。
髪は1つに束ねていて、メイクもきちんとしている。レース生地のマスク。なんら変わったところのない普通の女性。気になるのは独特なその声と、痩せすぎているせいか、胸元の開いたカットソーから見えるくっきりと浮かび上がった鎖骨と胸骨くらいだ。

女性から渡されたスクラッチはハズレだった。
『もう1枚下さい!お願いします!また新しい袋を開けて下さい!選ばせて下さい!』
さすがにそれはできない。バラ売り分ばかりが増えても困るのだ。
『1枚のご購入ですよね?申し訳ありませんがもう開封はできません!』
(ここはしっかりと言っておこう!)
女性は震え声で、『ダメですか?じゃあ、さっきのでいいです!さっきのから選ばせて下さい!』叫ぶようにそう言うと、瞬きをしない目で逸らすことなく、私の目を見ている。(ちょっと待ってよ、怖い…)
また並べ始めた2枚目を『それ!それ!それ下さい!』
またハズレだった。

『切って下さい!残りのカードをトランプみたいに切って、切って並べて下さい!!』
言われた通り、トランプのように切り、置き始めた2枚目で、私の方から『また2枚目のこれにしますか?』と聞いてみた。
『違います!!』震え声で女性が言った。
(違うんかい!!ますます気味が悪い…)
女性は、5枚目を選んだ。
『残念でした…』ハズレたスクラッチを渡した途端…
女性はジッと私の目を見つめながら、突然顔を歪ませた。(瞬間、私はゾクッとなり、鳥肌が立った)
『私って、、、運がないんですよね?ないですよね?運が悪いんですよね?ほら!雨も降ってきたし、雨降ってきちゃったし…』泣いているのか、笑っているのか分からない表情と震える声、切羽詰まった訴えかけに、私はたじろいでしまう。
『雨は、この雨は台風の影響ですよ!お客様の運とは関係ないと思いますけど』
『もういいです!雨も降ってきたし、私は運がないんですっ!!』泣き笑い顔でヒステリック気味にそう言うと、女性は去って行った。

ホッとすると同時に、なんなのよ!朝一からこれなによ?私の方が今日は運が悪いじゃん…と、声に出してしまった。

午後になり、雨は上がり、強い日が差してきた。
道路沿いの花壇に肘を付いてしゃがみこんでいるおじいさんが目に入った。
(もしかして熱中症?大丈夫かな?)
私にはおじいさんの後ろ姿が見えている。

向かいから歩いてくる人々が、誰一人しゃがんでいるおじいさんに声をかけないところを見ると、具合が悪い様ではないのかもしれない。
気になって、接客の合間にチラチラおじいさんをチェックしていた。

そこにおばあさんがやって来た。おじいさんに近づいて行く。

トンと軽く、おばあさんはおじいさんのお尻のあたりを蹴った。
すると、おじいさんがゆっくり立ち上がる。
おばあさんは足でおじいさんを蹴ったあと、振り向きもせずにスタスタ歩き出す。
その後をおじいさんが付いていく…

私は、二人の関係性というものを想像し、1人、箱の中で微苦笑していた。





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