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かんちがい

駆け込むようにやってきた外国人女性。
パッと見で40代。

『oh my god、oh my god……』あとは聞き取れないが、胸に両手を当てて興奮気味になにやら言っている。
興奮している人や怒っている人への対応は、敢えて抑えたトーンで冷静に!
これ鉄則!接客の仕事をして覚えたことの1つだ。
優しくやさ〜しく、落ち着いたトーンで
『いらっしゃいませ〜どうしましたか〜?』
『ア、アタリ!コレアタリネ!ワオッ、アタリネ!アタリ!……』続く言葉は、何を言っているのやら、サッパリわからない。
子どもを諭すような口調で、優しくやさ〜しく
『当たりなの?当たってるの?わかりました。どれどれ?今調べますからね〜』
ナンバーズ4を受け取った。
女性は、カウンターに身を乗せて、前のめり。ガラスにおでこをくっつけて、目を見開き、私の手元を凝視。
(ストレート当選でもしてるのか?)
機械に通す。《ハズレ》が出てきた。
『ん?あれ?ハズレ?ハズレだけど』
ハズレ券を渡す。
『ハズレ?ノーーーッ!NO!NO!ナンデ?ドウシテ?』
ナンバーズは、全部の数字が一致していないと当たりにはならない。
チェックすると、3個の数字が当たりと一致していた。
ロトなら、一致した数字の数で当選金が決まる。ロトと勘違いしているのだろう。
何を言ってもムダだった。軽いパニックを起こし、小さく叫ぶ女性。泣き出した。(あらあら。困りましたなぁ…どうしましょ。)
『ハズレ?コレハズレ?ウソ!ウソ!チョットマッテ、マッテ、パパ、パパヨブカラ、パパ、パパ…』
スマホを取り出すと、泣きながら電話を始めた。
何事かと、道行く人たちの視線を浴びていることなんて、気づくはずもなく…
地団駄を踏んだり、手を振ってみたりと大袈裟な身ぶりで話している。
『チョット、チョットマッテ、パパクルカラ』
この人のパパ…
女性が横断歩道を見ているので、そちらに目を向ける。青になって渡って来る人々。
どんな旦那さんなんだろう?
改めて女性を見てみると、全面にブランドロゴが細かくプリントされている服を着ていた。
黒のスキニー、派手な紫色のバッグをさげている。濃いメイク。
(うーん。この奥さんの旦那…スーツ姿のあの人は絶対に違うだろうなぁ…この人にお似合いな旦那さん。
見〜つけた!いたいた!パパ発見!もーーっ、絶対あの人だよー!)
茶髪短髪、真っ赤なパーカーに膝丈短パン。短パン?真っ黒に日焼けしている。
うへーっ、太すぎる腕で脇が閉まっていない。ロボットみたいな、イカついレスラー風人物が横断歩道を渡っている。旦那さんを見つけて歓喜する奥さん。(終わったわ…怖い)
天井を見上げて首を回す。ついでに肩も。そして深呼吸。
大丈夫、私は安全な箱の中にいるんだから。
『パパ、パパ、ワタシアタッテ、アタッタダケドハズレテ…』
涙を流しながら旦那に必死で訴える妻。
その妻をレスラーは、よーしよしよしよしっ!と、大型犬を可愛がるかのように、頭から腰のあたりまでを撫で回し、背中をさすりながら抱きしめ、背中をトントンしている。
その様子をボンヤリ眺めながら、いろんな意味で、生活の激しそうな夫婦。なんだろうな…などと思ったりもしていた。

売り場の真正面ド真ん中で、レスラーが泣いてる外国人妻をなだめている…
購入するそぶりのお客さんが、2人を一瞥して、去ってしまった。
怖いけど、言わなければならぬ!
『すみません、ちょっとそっちに寄ってもらってよろしいですか?』
『あ、あぁ、すみません』(おや?レスラー、人当たり悪くないねぇ。)
当たりだと言って持ってきたけど、調べたらハズレだったことをレスラーに説明した。
『いやぁ、俺がいつもチェックしてんだけど、当たったと勘違いして、外に飛び出ちゃったもんだから、お騒がせしてすみません』
泣きじゃくる妻の背中をさすりながら、レスラーはそう言った。
そしてまた、大型犬を可愛がるかのように、よーしよしよしよしっと撫でてあげている。

私はいったい、何を見せられているのでしょ〜か?教えて!ねぇ、誰か教えて!
言いようのない疲労感。
次のお客さんが来て、やっと我に返る。まだ開店したばーっかり。

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