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研之丞の仕込み~艶楽と研之丞③ (短編連載小説)

まぁ、なんていうんですかね、
師匠は描かなくなるんですよ。
気に入りの旦那ができると、
そっちでいっぱい、いっぱいになって。

ああ、これからって時にね、
旦那の為だけにね、なっちまって。

そんなこんなしてる内に、
黒墨くろずみかかっちまうし。

ああ、黒墨っていうのは、
当節、流行りの、女だけがなる病で、
俺も詳しくは、解らねえんですけどね。

最初は、サボりたいだけの仮病かと思ってたんですけど、
どうやら、本当らしくて。
あれだけ、好きだった、三味も謡も、
止めちまったのは、その所為で。

ある時、療養所の庵麝あんじゃ先生んとこの、
薬包が、山ほど入った袋を
葛籠つづらの中から、見つけちまって・・・

最初は、あれでも、バレたくなかったらしくてね。
でも、このところ、寝込んでることが多くなって。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひと月前、庵麝先生が、うちの芝居小屋に見に来てくれて、
楽屋に、井筒屋の団子、差し入れてくれたんだけど。

「先生、聞いてもいいすかね?」
「・・・」
「ええっとぉ・・・」

あんまり、喋んねえんだよなあ、庵麝先生。
ちょっと、変わってて、
皆が笑う滑稽物でも、黙ってみてるようなお人で。

それでも、

「艶楽のことか?」
「あ、まあ・・・そうです」
「肺に、黒墨が巣食ってる」
「え・・・、ってことは?」

お茶を一口、啜ってから、

「まぁ、少し、気をつけて、見ておいてくれないか、研之丞」

顔色も、顔つきも変えねえで、呟いた。

「できれば、その、先の、愉しみをな」
「どういうことですか?・・・先生」

庵麝先生は、その後、応えずに、
帰っちまったんだけど・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それってさあ」
「・・・うん」
「艶楽先生の、元気になること、させてあげて、ってことじゃないの?」

お雪が・・・あ、お雪っていうのは、俺の女房で。

え?・・・ああ、艶楽師匠の、若いアレ、じゃないのって?
ああ、よく勘違いされるが
そう思ってるヤツが、町にもいるぐらいだから、
まあ、それは置いといて。

「そっか」
「まあ、黒墨のこと、あたしもわかんないけどさ」
「そだな・・・わかった、明日、様子、見てくる」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次の日、散歩しながら、どうしたもんかと、考えてる所に、
書物屋ほんや和賀次わかじと擦れ違った。

「お、ケンじゃねえか、次の芝居のよ、席二つ、都合つかねえかな?」

・・・こいつ、また、たかりか?

「いいじゃねえかよぉ、みよちゃん、お前のこと、気に入りでさ」

いつも、こうなんだ、書物屋の二代目の馬鹿息子。

あ・・・そうだ。
こりゃ、馬鹿も使い様・・・かもしれねえぞ。

俺は、和賀次に、次の芝居の席二つと交換で、
艶楽師匠の本を、刷ってもらう約束を取り付けた。

・・・ってなわけで、

描いてる時の、師匠は、一番楽しそうで。
ここは一発、いいもの、描いて、
俺としては、艶楽師匠に返り咲いてもらって、
と、思ったわけで。

はなしでも、絵でも、なんでもいいから、
好きなことして、
元気になってもらおうってね。
ここんとこ、師匠の所に通ってるわけだ。

さて、今日も、ご機嫌、伺ってくるかなぁ。


研之丞、いいヤツだなぁ、と思う、
好きな登場人物キャラクターの一人です。
基本、妄想発信の話が多いので、
優しい子が多いです。
今回は、研之丞の心の内でした。
読んで頂き、ありがとうございます。

好かったら、この前段の二話もどうぞ。




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