川端康成「二十歳」

随分と老けた中学生がいるなあ、と思ったら、引率の先生でした。

久しぶりにみる朝日と満員電車の風景は、濃厚接触者明けの私には眩しいものでした。

そういえば2週間前の土曜日、行ったら職場最寄りの駅で電話がかかってきて、慌てて引き返したなあ。あの時の気持ちが胸に去来します。あの時も電車は土曜日なのに旅行者で混んでいました。

ただ、この苦しい2週間の中で川端康成と出会えたことは喜ばしい出来事の一つです。作家と真に出会うことはなかなか難しいと考えるからです。面白い作品を読んだというのみならず、その世界に入り込み、追体験しうる態勢が私に生じていたということが嬉しいのです。

それで、短編集をつらつらと読んでいくわけですが、それでも《今これはキツい》と思う作品も結構ありました。キツいだけじゃなく、何回か読まないと、あるいは読んでしばらく寝かせないとダメっぽい作品も結構ありました。

その中に割とさらりと読める作品はありました。それが「二十歳」という短編です。角川文庫の「伊豆の踊子」の中に入っており、kindle unlimitedで読めます。アンリミ、時にはいい仕事をします(失礼だな)。川端康成のいわば《ピカレスク小説》で、中上健次の『千年の愉楽』の一編にありそうな短編です。決して「俺十八歳」や「十九歳の地図」ではありません。

「我慢の効かない」少年が放蕩の果てに若くして事故で死ぬ、そんな話です。

日本の美を凝縮したようなイメージで登場する川端とはちょっと違う、出来事が時系列的に並べられた、普通の物語です。いわゆる不良少年の調書にも近い趣で、こうした出来事をルポルタージュにも出来るよねと思わせる類の物語です。

少年が放蕩を繰り返す根底にある(と作品でされる)のは「離別」の経験です。今であればさしづめ不幸な生い立ちとでもいうのでしょうし、川端の人物造形のこだわりがそこにあったこともわかります。しかし、一方で「離別」が解放感という衝動のポジティブな根拠となり、少年がその衝動に身を委ねてしまって、身を持ち崩してしまっていることも描いています。

川端は巷で言われる《かわいそうなこと》が、足枷であると同時に、一つのエネルギーになりうることを身をもって生きていた作家でもあります。この二面的で危険でもある衝動を飼い慣らす、そんな試みを私たちに教えてくれるでしょう。

どうでもいいですが、『踊り子』の小説と映画(1963 吉永小百合)版の違いについて。

まず、語り手である主人公の記憶との距離が違います。映画では、1960年代前半にカントなどを講義している老大学教授が語り手です。

老教授は誰も聴いていない講義終了後、帰ろうとした道中、「みゆき族」風の若者に問いかけられる。この若者男性は、まだ高校生くらいの彼女と結婚したいが親が許してくれないので、教授が仲人をしてほしいと訴える。教授がオッケーをくれれば、きっと親も許してくれるだろうと、チャラチャラと話します。その向こうには、浜村美智代のカリプソスタイルのような彼女が、待ちながら聞き耳を立てています。

そんな若い彼女の姿を見た老教授は、あの時代にフラッシュバックして行きます。そして本編が始まるのです。

老教授と記憶の間はおそらくは40年以上あるでしょう。1918年に旧制高校でカントというのは、結構難易度高い感じがします。三木清も戸坂潤も戦中、占領期に亡くなっていますし。イメージとしては勝手だけど谷川徹三かな。それに対して、小説は、語り手としての康成もまだ27歳。歳月として10年経ってないくらい。この差は大きいと思います。

なのでどうしても映画では、感傷が強く出ています。語り手が解釈やモノローグを差し挟む余地がないので、身分違いの恋、別離の悲しみ、これが中心の主題です。

身分や立場をより強調するために、旅芸人をはやす村の子どもを登場させたり、結核で苦しんでいる女郎と踊子の対面のシーンが踊子が早晩死すべき定めにある存在だということを自覚させています。また見送りに行く途中で、暴漢に襲われそうになったりして、モノとしての性を蹂躙される存在だということも強調されます(助けてくれるのは郷鍈治さん扮する若旦那ですね)。

小説では、こうした社会的な立場を踊子が殊更に自覚するシーンはない。ないからこそ、ピュアネスがより強調されるわけです。向井秀徳の表現で言えば「自問自答」の中の「笑っていた ガキが笑っていた なーんも知らずにただガキが笑っていた」以降の歌詞を想像させます。だからこそ最後の語り手の涙は「甘美」なのではないでしょうか。

小説だと踊子は動かない対象だけれども、映画だと肉体を持ち、自分の運命を途中から自覚しつつあります。映画に行けずに仕事に徹する吉永小百合の舞は、だからこそ鬼気迫る顔をクローズアップしながら映し出されることで、観客の哀れを誘います。

そんなところを指摘して終わります。




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