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肺いっぱいに満ちた今日

木漏れ日がちらちらと揺れている。鼻から思い切り息を吸い込むと、新鮮な土と緑の匂いが肺をいっぱいに満たして、隙間から降り注ぐ太陽の光がじんわりと背中を温める。ずっとこの場所にとどまっていたいと思う。地球からずっと離れた、遥か遠くの太陽の熱がこの地上まで届いているだなんて、太陽は一体どれほど熱いのだろう。

毎日は淡々と過ぎて行くけれど、季節の境目は私たちが思うよりずっとドラマチックだ。やらなければいけないことに追われて、はっと気がつくと一日が終わっている。自分は一体何をしていたのだろうと後悔したりする。だから時々反省して、私のすぐそばで弾ける小さな変化に目を凝らし、全身で耳を傾ける。そうすると、変わり映えしないと思っていた毎日は、意外にも心躍るようなときめきに溢れているのだと気づく。

新しい学期が始まって早三週間。毎年この時期になると、無意識のうちに一年目を振り返っている。この間インターンの面接で自分の話をしている時、自分がどういう人間なのか、いつの間にか胸を張って言葉にできるようになっていて驚いた。自分を知るという過程に際限はきっと存在しないが、私の中に以前よりずっと確固たる自分がいる気がする。たぶん気のせいではないと思う。アイデンティティクライシス。そういえば一年目の今頃はそんなことで悩んでいたかもと思い出した。今まで生きてきたのとは180度違う環境にいきなり放り込まれた時、誰しもが通るであろう道。これまで築き上げて来た自分の中で確かだったはずの価値観に疑いが生まれ、絶え間なく流れ込んでくる新しい価値観と衝突しながら、ギスギスと板挟みにされてどこにもしっくりはまらない感覚。自分は一体どういう人間で、どうなりたかったのか急にわからなくなる。そういうモヤモヤをコツコツ積み重ねて、ほどいて、また絡まって、そうしているうちに、今は馴染みのない価値観もずっと柔軟に受け流せるし、面白がれるし、自分の中の矛盾を受け入れられるようになった。成長したのかも、と、満更でもないこの頃。

帰り道。夕方になると、リスたちが木の上から降りてきて、せっせと木の実を運んでいる。私は彼らほど一生懸命に毎日を生きられていない気がして、情けなくなる。オレンジ色の暖かな光が透き通った空気を淡く滲ませる。夕日は寂しさを残して水平線へ吸い込まれてゆく。

満月が煌々と夜道を照らしている。人気のないキャンパス。街路樹はよそよそしく顔を背けている。夜空から静寂がしんと降りてきて、辺りをすっぽりと包みこんでいる。もうすっかり肌寒くなった。愛しい人たちと、流れてゆく時間を感じながらただ佇んでいられたらいいのに。今日も一日が終わる。

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