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学校に行かないという選択。「長男、もうすぐ中学生。母の気分は坂本龍馬。」

長男12歳。彼は、4月の初旬に誕生日を迎えるのでもうすぐ、13歳だ。
小学校も最終学年となり、残すところあと一ヶ月半。

こう書くと、学校生活に名残惜しさなど感じているような表現だが、今までも書いてきたように、長男は、学校に行かない選択をしている。今まで、放課後以外に登校した日は3日ほどだ。

そんな長男も4月からは、中学生となる。

小学校の担任の先生からも、中学校の話がちらほらと出てきたり、昨日は、「入学説明会のしおり」なるものをいただいてきた。(説明会は感染拡大防止で中止になった。)

6年前を振り返る。

小学校の一日体験入学も、身体測定も、入学式も、「なぜ、それに行かなくてはならないのか?」という長男に説明し、本人がその必要性に納得するまでには、かなりの時間を要したと記憶している。

数日、一緒に学校に登校した時にも、両肘をついて授業を受け、休み時間になったかと思うと、「いつ終わるの?つまらないから、もう帰りたい。」とふてくされた顔で言い出したことを思い出していた。


そして、

「学校には、自分のやりたい勉強の仕方がない。」

そう言って学校に行かない選択をした7歳の長男。

初めは、学校に毎日、欠席の連絡を入れ、「今日、お休みします。」というところから、「水曜日までお休みします。」になり、「行く時に連絡します。」へと変化するまでは、それなりの時間をかけ、担任の先生とやりとりをしてきた。

学校や先生の置かれている状況を理解しつつ、こちらの状況も多少なりとも理解して頂けるようにと、平和にやってきたと思ってはいるのだが、それには、それなりの労力が必要だ。

学校にいかないという選択をしていることで、保護者としては、先生と会っている回数は多い方ではないだろうか。少なくとも月に2回は先生たちにお会いし、その度に20分程、話をする。

限られた時間の中で、家庭での子どもの様子を伝え、雑談をふまえ、私たちが考えている子どもの育ちについてなどについて話をしていく。子どもの成長を伝え、出来る限り共有できたら。そして、その会話の中から、先生たちの個人としての考え方や感じ方を少しでも知ることが出来たらと思ってやってきた。

学校と敵対する必要はない。

お互いのスタンスが違うだけ。

そう思ってきたし、今もそう思っている。

裏を返せば、先生方は、お忙しい中、私たちにその時間を割いてくださっているということである。

それは、あたりまえではなく、ありがたいことだと改めて思っている。

その様に少しずつ学校と折り合いをつけ、私たちとしては、お互いをできるだけ尊重する道を選んできたつもりだ。振り返れば、今が比較的スムーズなのは、その様々なやりとりがあったからだろう。

しかし、〈あの日々が再びやってくるのだ!!!!!〉という事実は、私にそれなりにプレッシャーを与えてくる。

まさに、一から、なのだ。

私にとって、今の中学校は未知の世界だ。何が未知かというと、現在の日本の学校教育の中で、中学校の置かれている位置がよくわからないのだ。

私が中学生の時代は、内申に重きが置かれており、出席日数だとか、部活への意欲などが、重視されていた。行きたい高校がある場合には、内申点が大事だと散々言われた時代だった。

長男は、こう決めている。

「中学は行かないけど、高校と大学は行く。」

・・・高校に行くなら、中学も行っとけば、スムーズでは?

大人としてはそう思うわけだが、そうは問屋がおろさない。

「やりたいことはやる。やりたいことによって発生するやりたくないこともやる。やりたくないことは、納得しない限りやらない。」

それが、この問屋である。

このまま、中学校の先生に相談したいくらいである。

「息子が、中学校には行かないけど、高校と大学には行きたいと言ってます。どうしたらいいでしょうかねぇ・・・・。」

・・・どう考えても、宣戦布告でしかない。
戦争をするつもりはない。
基本的には平和主義である。

しかし、平和とは、自分で守るべきものでもある。

誰かが守ってくれるものではない気がする。

私や夫がすべきとこは、「長男の進む道を邪魔しないこと」であり、「長男のやりたいを最大限尊重すること」だ。

その為には、面倒臭いとしか思えないことも、ひとつひとつ丁寧にやっていく以外に道はないのである。

まだ起きていないことに関して、心配するのは、杞憂である。心配に時間をエネルギーを割くのはもったいない。

新しい環境で、どんな人達と出会い、どんな事が起きるのか、蓋を開けてみないとわからない。

とりあえず、今、できることは、入学受付に行く必要性と、自分で勉強はしたいから、教科書は欲しいという長男に、入学式に行かないと、教科書を受け取れないよ、という事実を納得してもらうことである。

まぁ、行かなかったとしても、後日、学校に受け取りに行くだけだろう。しかし、とりあえず、自分の目で「中学校」を見て、感じてくればいいと思っている。

その上で、あとのことを自分で考えればいいと思う。

ちなみに、入学受付には、子どもだけで行くことになっている。

とても心配である。


長男が、ひとりで行くことが心配なのではない。
何が心配かといえば、彼が、自分の納得できない事を先生に言われた場合、宣戦布告をしかねないからである。

長男ではなく、先生たちが心配だ。


お知らせに、〈心配な方は、同伴しても構いません。〉と記載されていた。私が心配なのは、子どもではないのだが、その場合も同伴してよいのだろうか。

今後、学校とのやりとりをしていく上で、出来る限り平和裏に進めたいので、勝手に宣戦布告しないことを、切に願う。

母の気分は勝手に坂本龍馬である。

坂本龍馬は大変であっただろう。

反目する薩摩と長州を取り持ち、さらには、新しい日本の形を目指したのだから。

それに比べれば、というか、比べるに値しないのだが、私の感じるプレッシャーなどミジンコみたいなものであろう。

しかし、過激な倒幕派といわれた長州藩のような長男のいる我が家。

とりあえず最初だけでも、なんとかマイルドにかわして欲しいものだ。

頼むぜよ、長男。

我が家の倒幕派・偉そうにしちょる長男。






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