一生懸命を楽しむ|日本体育大学女子アイスホッケー部監督 岩原知美氏インタビュー(後編)
大学で女子アイスホッケーの指導をするかたわら大学院でコーチングの勉強を始めた岩原知美氏。自己研鑽の根底にあるのはいつも変わらぬアイスホッケーに対する愛情です。インタビュー後編では、監督の立場でどういった視点を大事にし指導に活かしているか、また日本女子アイスホッケーの強みや人生のヒントについてお伝えします。
>前編はこちら オリンピアン流「学び」の姿勢
立場変われば……
ーー プレーヤーから指導者の立場に変わって、見える景色は変わりましたか?
岩原氏:この立場になって改めてスタッフに対する感謝の気持ちが大きくなりました。いま思うと、選手の時はわがままだったなというか、のびのびやらせてもらっていました。それもスタッフに支えられていたからだと思います。
練習がキツイとか辛いとかよく思ったりしましたが、スタッフは個々の選手を見て分析もしないといけないし、考えないといけないことが山ほどあります。業務の多さが自分にも見えてきて、こんな大変なことをやってくれていたんだと有難い気持ちになっています。
ーー ご自身がプレーヤーだったころと今の現役学生では何か違いがありますか?
岩原氏:クラブチームや日本代表に対するモチベーションの差というのはもちろん感じます。一方で、今はネット社会なので、見たい動画はすぐに見ることができる上、技術的に上手な選手たちの情報も簡単に入手できます。そういった動画を見て学ぶ力というのはあると思いますので、そこが自分たちと違う点ですね。
でも、なぜそれが必要なのか、どこのポイントが重要なのかということを教えるのはやはり私たちコーチの仕事だと思っています。そういった目的や本質を理解しないで見てしまうと、また違う戦術とか捉え方になってしまうため、今の時代はその怖さがあるのかなと感じます。
それでも情報の共有はしやすくなりました。それこそSunbearsのようなチームマネジメントツールを使いながら選手に指導しやすい環境になっています。ツールやアプリを取り入れてどういった指導ができるのか。自分自身もそういう力をもっと上げていかないといけないなと考えています。
振り返りの必要性
ーー スポーツの世界では誰しも「勝つ」ために練習しているわけですが、負けから学ぶ事も大きいと思います。指導者として、チームが負けたときはどういう対応をしますか?
岩原氏:ビデオでの振り返りをしますね。指導者になって思うのは、負けるのはやはりスタッフの責任だということです。選手に勝たせられなかったのは自分自身の責任だと。そういう気持ちでこれからもやっていかないといけない。ですから自分でも振り返りは必ずやる必要があると思っています。
チームの中ではキャプテンを通してコミュニケーションを取っていく必要があります。アイスホッケーはいい選手ばかり集まっても勝てないですし、チームワークが必要です。選手とスタッフの間に溝がないようコミュニケーションをとってやっていきたいと思っています。
縮まる世界との差
ーー 次に、世界と日本の差についてうかがいます。世界の舞台で何度も戦ってきた岩原さんから見て、上位国との距離はどれくらい開いているのでしょうか? 現在日本女子の世界ランキングは7位(注¹)です。
岩原氏:日本は一時期、世界ランキング5位までいきましたが、今までいた選手が結構辞め、メンバーが交代してから7位になってしまった現状は真摯に受け止めないといけないと思います。ただ前回行われた世界選手権の試合を見た限りでは、米国やカナダなど上位チームと点数で大差が開くということはなかったので、むしろ差は縮まっていると思います。
海外の選手はもともと持っている手脚の長さや力強さが違うため、それはもう変えようがないことです。日本の選手は日本らしいチームワークや、私がいま勉強しているような戦術などでその差を埋めていくしかないと思っています。日本の良さを出していけば差はもっと縮まるのではないか、そこまで埋められない差ではないという印象です。
ーー ラグビー元日本代表HCのエディ・ジョーンズ氏も著書の中で同じようなことを述べていました(注²)。「日本人選手は体格も基礎体力も劣る。でもこれはどうしようもない」と。ですから選手の体を筋肉体質にさせ、スピードや敏捷性をアップさせるなど、長所を活かすことに注力しましたね。
岩原氏:俊敏性はもちろん日本の良さですが、海外の選手からはよく「スピードが早くてしつこいプレー、敵が嫌がるプレーをするね」と言われます。今のチームでもそれが強みです。パックを奪うことをフォアチェックと言うのですが、それが非常にチームにハマっています。スピード感やパックに食らいつく貪欲さはあるので、そういった強みをどんどん生かしていきながら、トレーニングも今まで通り積極的にやっていかないといけないなと思っています。
辛いことも含めて楽しむ
ーー 岩原さんにとって現役時代の一番思い出に残る試合はどの試合ですか? その理由も教えてください。
岩原氏:2018年の平昌オリンピックも非常に印象的で、本当にもう一度あの場所に立ちたいなと強く思ったのですが、その前年に苫小牧で行われたオリンピック予選は一番思い出に残る試合です。日本が試合会場だったこともあり、ものすごい数の観客が来てくれました。男子の試合も含めて今までのアイスホッケーの試合の中でも一番多かったのではないでしょうか。
大勢の観客が応援してくれる中でアイスホッケーができたというだけでも幸せなことでしたが、そのうえで勝ってオリンピック出場をつかむことができました。終盤は1分前くらいから観客の皆さんが数字を数えてくれる声が聞こえ、会場が揺れるくらい喜ぶ声が響き渡るという感じです。「こんなに応援してくれる人の中でプレーできるというのはなかなかないよ」と周りの人たちからも言われて、本当に幸せなことだなあと感じました。
ーー そんな素晴らしい観客との一体感を体験できたのはスポーツパーソン冥利に尽きますね。では、数ある体験の中で岩原さんがアイスホッケーから学んだ一番のことは何ですか?
岩原氏:アイスホッケーから学んだことはたくさんありますが、やはり何事も楽しむということだと思います。楽しんだからこそ長年やってこられました。アイスホッケーに関わりたいと思って大学院で勉強し続けるのも、楽しいという気持ちを忘れないでやっているからだと思います。辛いことも多かったですが、それも含めて楽しいと思いながらやってきました。それを気づかせてくれたのがアイスホッケーだと思っています。
「ツール」活用の取り組み
ーー さきほどアプリやツールの話が出ましたので、手前味噌ですがチームスポーツ用ツール「Sunbears」の話に移ります。岩原さんにはこれまでアイスホッケーのドリル集作成やビデオの記録などでご協力いただいています。Sunbearsの価値と活用法で何かアドバイスやご意見などあればお願いします。
岩原氏:Sunbearsはこれからの時代に本当に必要とするものを開発してくださっているなと感じますし、今学んでいる戦術とかを選手たちに教えていく上で絶対に活用させてもらいたいアプリケーションだと思います。
例えば女子日本代表ではビデオクリップはありましたが、アプリなどは使用していませんでした。こういった形で選手とスタッフが共通で戦術や練習プランを理解できるツール自体がありませんでした。日体大女子アイスホッケー部にも今まではなかったので、私も監督になってようやく新しい取り組みとして活用させてもらうという感じですね。
使ってみたいなとか、どういったツールなのかなと思っているチームのほかに、まだこういうツールがあることを知らないチームも多いと思います。色々な人に知ってもらえるように、私もまずは今のチームにきちんと導入し、使いこなせるようにしていきたいと思っています。
ーー ありがとうございます。監督・コーチのチーム運営業務にかかるタイム効率をあげられるように、これからも改良を重ねていきたいと思います。さて、インタビューも終盤ですが、岩原さんの尊敬する監督やアスリートを教えて下さい。
岩原氏:私がオリンピックに出場したときの山中武司監督が一番尊敬する監督です。山中監督が戦術の必要性・重要性を説いて理解させてくれたお陰で、私ももっと戦術の研究をしてより深めていきたいなと思うことができました。そのほか鈴木貴人監督(元男子アイスホッケー日本代表監督で、現東洋大学アイスホッケー部監督)も尊敬しています。やはり現役中もレジェンドでしたし、今も大学トップのチームをずっと創り上げてきています。大学生をどう教えるかという点でも色々とアドバイスをしてもらっています。
尊敬するアスリートは、カナダチームのキャプテンをずっとやられてたマリー・フィリップ・プーリン選手です。技術ももちろん高いですが、私は「チームのことを一番に考えて行動している責任感ある人」という印象で彼女をずっと見ていました。個人の感情で動かない素晴らしい選手だと思います。
ーー 最後に、座右の銘があれば教えて下さい。
岩原氏:常に学ぶことです。今やっていることが常に学ぶことですし、常に学ばないと成長しないと思うので。現役中も楽しんで一生懸命やるというのを自分のモットーにしてやっていたので、一生懸命を楽しむということですね。
ーー 貴重なお話をありがとうございます。今後ますますのご活躍をお祈りしています。
文・久保田久美
編集・翻訳者/サポートスペシャリスト
Sunbears マーケティングチーム
注記
(注¹)2023年5月時点 IIHF女子アイスホッケー世界ランキング
(注²)「ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング」エディ・ジョーンズ著(講談社+α文庫)
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