マガジンのカバー画像

小説(掌編中心)

74
自作の小説です
運営しているクリエイター

記事一覧

【掌編小説】母の逆襲

【掌編小説】母の逆襲

 もう何もするなよ。玄関の鍵を開けるときに、思わずついて口をついて出たことばにぎょっとする。ゆっくりと開いたドアの向こうは暗闇だ。霧が晴れるように胸がすっとする。明かりがついていなくて当然だ。唯一の同居人だった母は、先月死んだのだから。急性心不全だった。
 仕事から家に帰るのが気が重かった。というよりも、恐怖だった。帰ると、母が、何かをしでかしていた。熱いフライパンをレジ袋の上に置いて溶かしたり、

もっとみる
【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#3 完結)

【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#3 完結)

「ケイスケ」さんの骨が長い時間をかけて小さな白い壺におさめられ、ようやく、苦役から解放される時が来た。ほっとしながら、ルカは、あせりを感じていた。このままだと、
「UFOと宇宙人」はなし崩し的にミクちゃんによって奪われてしまう。自分との関係性もどこに住んでいるのかも定かではないミクちゃんの手に渡ってしまえば、本はもう二度と戻ってくることはないだろう。そのことを想像するだけで、ルカの頭はじんじんと熱

もっとみる
【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#1)

【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#1)

 もしかすると、あたしの声は他の人とは違ってたとえば、犬にしか聞こえない特別な周波数なのだろうか。
 もしくは、あたしのしゃべることばは自分では日本語のつもりだが、口から出る段階で、幼児みたない、ばーとか、あぱあという意味のない音に何らかの力によって変換されているのかもしれない。
 その疑念がルカの頭に浮かんだのは、小学校五年の夏だった。物心ついて以来何度もそういうことがあったのだが、法則としてル

もっとみる
【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#2)

【小説】ルカがはじめて世界を憎んだ日(#2)

 トイレから戻ると、ミクちゃんは本を開いていた。ルカは目を疑った。リュックにあるはずの、「私は幽霊を見た!」だった。椅子の下に置いていたリュックはいつの間にか母の膝の上にあった。ルカの非難がましい視線に気づいた母は、「ミクちゃん退屈そうだから、見せてあげたわよ」
 そもそも、こいつ、本なんて読むのかよ。心の中で毒づきながら、ルカは、わざと乱暴に椅子に腰を下ろした。ルカには、本が好きな子と、教科書以

もっとみる
【小説】らせん階段(2 完結)

【小説】らせん階段(2 完結)

(1よりつづく)

 見えないようにバッグに手を入れてお札を数えた。パンケーキが来るまでのつもりだったが、五十枚数えてもパンケーキはまだ来ない。大学生風のカップルが入ってきてあたしの前のテーブルに座ったので数えるのをやめた。わくわくしてきた。こんなに気分がいいなんてまるであたしがあたしでないみたい。きっと、彼の部屋を出たところで、あたしは、これまでのあたしでなくなったのだ。だってこんな大金を手にし

もっとみる
【小説】らせん階段(1)

【小説】らせん階段(1)

 男は美人にしか興味がない。間違っていないとは思うけれど、そうでない男もいた。少なくとも、昨夜、あたしは適当に入ったバーで彼に誘われ、その後部屋に行き、セックスをして今こうして同じベッドにいる。美人ではなく、自分に自信がなく、人にどう評価されるかが行動の指針であったこのあたしがうまれて始めてそのままの自分を評価された喜びを感じている。昨日部屋に入った時は真っ黒だった窓の外が白くなっている。
あたし

もっとみる
【掌編小説】てるてる坊主

【掌編小説】てるてる坊主

 妻の具合がいいようなので、翔太を連れて買い物に行くことにした。
明日は、小学生にあがったばかりの翔太の、初めての遠足なので、弁当やおやつを入れるリュックを買ってやるのだ。
 もともとこころが不安定な妻だが、先月から特に調子がよくなかった。ほとんど食事もせず二階の部屋に閉じこもっていた。その妻が、今朝、おれたちのために久しぶりに朝食まで作ってくれた。いつもはばさばさに伸ばしたままの長い髪を、赤いゴ

もっとみる
【掌編小説】イルカのハンドタオル

【掌編小説】イルカのハンドタオル

あたしは基本的に人というのは信用しないことにしているので、フリマアプリとかはしたことがない。ユカにすすめられてヒマなときにたまに見てみるけど、買ったことはない。あ、これかわいい。とか思ってけっこう安いし、欲しくなるときもあるけれど、買わない。お金を払って送ってこなかったり、送ってきても、汚れていたり、画像とは全然違っていたりするのが怖いからだ。あたしってそんなことばかりだから。
けれども、ピンク地

もっとみる
【掌編小説】すばらしい人間

【掌編小説】すばらしい人間

 別に何の思い入れもなかった。けれども、行ってみたくなった。最後に訪れたのはいつのことだったか、覚えてもいないその街に。改札を出たところの風景は記憶と同じようにも思えたし、そうでもないような気がした。少し歩いたところに見覚えのある書店がまだ残っていた。昨今ではついぞ見かけなくなった個人経営の小さな店だ。学生時代はよくここで立ち読みをした。買おうにも買いたい本は必ずといっていいほど置いていなかった。

もっとみる
【小説】○と△と×と(#2 完結)

【小説】○と△と×と(#2 完結)

(#1)よりつづく

 その日、あたしは、クリップの時と比較にならないほどすがすがしい気分で帰途についた。 翌日、同じようにバスに揺られて草原に到着した。配られたゼッケンは昨日とは違い、「〇」だった。あたしは新鮮な気持ちで一日数え切れないほどの○を描きまくった。
 翌日の最終日、ゼッケンは「×」だった。三日とも違う記号ということになる。これは偶然はなく意図的なのだろうか。美大女子を探して聞いてみた

もっとみる
【小説】○と△と×と(#1)

【小説】○と△と×と(#1)

 あらゆるものが二重に見えるようになってきて、数をきちんと数えることができなくなってきた。私は困った。大きなビニールにぎっしりと詰まったクリップを大、中、小に分類してそれぞれきっちり100個づつ小さなビニールに分けて入れるのがあたしの仕事なのだった。あたしは職場で一番すばやくクリップを分類することができ、しかも絶対に間違えずに100個数えることができたので重宝されていた。そのあたしが、作業が遅くな

もっとみる
【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part3)

【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part3)

(part2より続く)

 児童公園には誰もいなかった。みんな家に帰ったのだ。おれも帰らなければならない。立ち上がると足元がふらついた。思ったよりも酔っていた。帰りたいのだが、おれには帰る場所などないのだ。力が抜けて、またベンチに腰を落とした。座り心地など何も考慮していない木の座面に尾てい骨がぶつかって、痛かった。痛い。涙が出るほど痛かった。やばい。本当に痛いぞ。コンロに頭をぶつけた時もマジで痛か

もっとみる
【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part2)

【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part2)

(part 1より続く)

 赤ワンピースが、ぎゃあ、と怪鳥じみた叫び声をあげ、とことことおれのいるベンチに向かって走ってきた。その前を、青いボールがころころと転がっている。ボールは、おれの足元のほんの数センチ先で小石にぶつかって止まった。ボールだけを見ていた女児は、その段になって、おれの存在に気づいたのか、少し離れたところで、見えない壁にぶつかったかのように足を止めた。子ども特有の無遠慮さで、お

もっとみる
【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part1)

【小説】ユウ、また鍵なくしたね(part1)

 腹が減ったので、目についたコンビニに入った。安くて腹がふくれそうな、賞味期限切れ間近な惣菜パンとおにぎりを数個づつと、ビールのロング缶を二本を抱えてレジに向かう。支払いはスマホの決済を利用した。いきなり家を追い出されたので、財布など持っているわけがない。近くのしょぼい児童公園のベンチで、パンをむさぼり食い、ビールを飲んだ。砂場とすべり台で、若い母親たちが子どもを遊ばせていた。昨日の夜もこのベンチ

もっとみる