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【二人のアルバム~逢瀬⑭~愛着障害~】(フィクション>短編)※加筆済

彼が越してきたのは、同居の提案の10日後だった。
未回答のまま、彼は移転して来た。えらく早々に越して来たので、
「彼にしては、珍しいな」、
と彼女は感じた。

彼は、今まで、自分の感情に何か訴えるモノがあったり、自分に感じ入る事が有ったり、悲しい事や嬉しい事が有ると、「暫く時間を置く」人間だった。あんまり自分と向き合った事の無い彼女から見ると、この人は、自分とまず向き合っていた。最初、彼の事を愛着障害でもあるのか、と思った事が有るが、時間を置かれて、最初放置された様に感じたものだが、熟考してみると、その間に色々と彼の事や自分と向合い、次第に受け入れる様になったものだ。だから、彼からの提案に回答が未だのままだった。まだ、彼と同様に時間を懸ける積りだったのに、もう彼が入居してしまった。

彼の好意は素晴らしくて、いつも一緒にいる時は、彼女は彼について不安は一切なかった。未だにそうだった。

だが、一度でも旅行や外出を共にした後、逢瀬が感情的で彼の身体や自分の心理に響く物事があり、重要性が深かったりすれば、する程、彼は自分の中でこの逢瀬を呑み込んだり、反芻はんすうする為の時間が、自ずと必要になった様子だった。

大体、間に2か月以上、懸かる事もあった。彼女は、彼の気まぐれに自分が振り廻されて、彼の壁の様な固いボーダーラインの様な無感情気質が非常に辛かった。が、次第に受け入れていった。

彼女が彼の思考癖に気づいたのは、有能で仕事の出来る彼自身が、非常に急にキャリアが上がる程、孤独感が増え、一人になりたがる癖があり、よって、彼と大切な男女の感情の動く「議題」があったりすると、まさに彼は自分の内側に引っ込んでコレへの対応策を頭の中で約2か月懸けて自分と格闘した。

謂わば、彼は物事を受け入れるまでに酷く時間が懸かるが、彼は彼女にはそのプロセスを口が避けても言いたくない様子なので、当初、彼女自身、理解に苦しんだ。

彼と見つめ合い、愛し合うと、甘い瞳に彼からの愛が満ち満ちているのだが、彼は江戸前で口にする言葉が、典型的に天邪鬼的な人なので、素直に自分の感情をオープンに彼女に向けて口に出来なかった様だった。彼の気持ちを聴くなど、願ってもない事だったが、いつもの彼ではないな、と思った。

「今回、一週間、ここでずっとあなたと過ごして、俺はあなたが、一番、自分にとって気が置けない、遠慮や気遣いが不要な人物だと分かった」、
と心から彼女に謂った。「こんなに話し易くて、自分がこうしたい、と思う事を、自分と同じにそう心に通じてて、思ってくれている人は、居ない、って、あなたの事を思った」。こんなことを彼女に謂ったのも初めてだった。

出逢ってから、二人は、気が合い、ここまでお互いを理解出来る事に、各々が謎を感じる程、昔は二人は一つではなかったか、と思い合っていた。

「そうだとしたら、何で、私達、今まで出逢えなかったのかな…」、
と彼女は、彼と出逢ってこの3年半、良く思ったものである。けれど、それは彼には、謂えなかった。

彼女には、彼が自尊心が低く、自信に欠ける事がよく見えていた。その事で彼の深い部分を傷つけた事もあるかも知れない、と詫びさえ感じていた。今回、彼が突然ポジティブな思考で物事を矢鱈とハッキリ言って来た事で、何かが彼から吹っ切れている様だった。

どうした事なのだろう。以前よりずっと明るく、ニコニコしていた。

(つづく)

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