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シネマ06 素敵な笑顔

 「あ~、楽しかった~」
 「ほんと、ほんと。笑いすぎてお腹痛い」
 “八月会”。そう名付けたのは、どちらだっただろう。八月十七日生まれの私と、八月二十日生まれの葉月はづき。八月になると、なんとなく集まって互いの誕生日を祝う。名前の由来は覚えていない。
 ふたりで歩く二十三時五十分の街並みは、高校生の頃よりも大人になったことを教えてくれているみたいだ。服装も、髪型も。あの頃はしていなかったメイクも…私たちが大人になったことを感じさせるけれど。こんな時間にふたりで雨上がりの街を歩いていることが一番。大人になったと感じさせる。
 「……で、すみれ。どこに向かってるの?」
 「ん?内緒!」
 あの頃、ヒールなんて履いていたら、背伸びしているように見えていたのに……今はもうそんな面影もない。ふたりして、不揃いなヒールを奏でる。そのたび、水溜りに映るもうひとつの街が揺れ動く。


 「ここ」
 目の前の映画館を指差す。看板の文字は“シネマ”だけで、肝心の名前は姿を消している。ここへ来るのは、何度目だろう。でも、葉月はづきとここへ来るのは初めてで。“ワクワク”に胸が支配されていく。
 葉月はづきの「ねえ、ここなんなの?」に「さあね」と答えて、重い扉の先を急ぐ。鏡を見なくてもわかる。今、私…ワルイ顔してる。

 「ちょっと、待ってて」
 「おっけ~」
 葉月はづきを残し、チケット売り場へ向かう。背後で、のんびりとした声が響く。



 〈シアター06〉の扉を開けると、スクリーンも、座席もない。代わりに、カウンター席と、たくさんのお酒が並ぶ棚が目に止まる。隣の葉月はづきは、ポカンとしている。わかる、わかるよ。その気持ち。きっと私も、初めて来たときはこんな感じだったもん。
 「ねえ、すみれ。ここ映画館じゃないの?」
 葉月はづきの問いかけには、答えない。代わりに、クスクスと声が漏れる。
 「なにそのワルイ顔~」
 やっぱり、ワルイ顔してたか。
 「していますよ、ワルイ顔」
 私の心を読んだかのように、初老の紳士─マスター─が微笑む。


 薄暗い店内。天井から吊るされた灯りが、テーブルに月を作る。
 「マスター、お願いします」
 私は、先程買ったチケットをマスターに手渡す。
 マスターは、私たちに微笑んで、いつものように言う。
 「少々お待ちください」


 「どうぞ、楽しいひとときを」
 テーブルの月のちょうど真ん中。置かれたのは、カクテルだ。透明で、洒落た茶色をしている。上品で。思った通り。落ち着いた雰囲気の葉月はづきに良く似合う。
 「乾杯!」
 「…乾杯!」
 溢れないように、そっとグラスを触れ合わせる。そして、ひとくち。
 ブランデーのフルーティーな風味と、スイート・ベルモットの甘い風味が絡み合う。
 「「美味しい」」
 あっ、ハモった。顔を上げると…。




 「……え?」



 驚いた葉月はづきの声。それを聞いて、またクスクスと笑ってしまう。
 「なんで、笑ってんのさ~。……どういうこと?」
 私たちの目の前には、大きなスクリーン。そこに、映し出されていく、私たちの写真。

 「ねえ、あれって高校の文化祭だよね~。みんなでメガホン作ったよね……懐かしいね」

 「あっ、あれは、カラオケ行ったときだ。六時間くらいカラオケにいたんだっけ?」

 「待って待って。この時の私たち、めちゃくちゃ髪の毛明るいんだけど~」

 「これは、匂わせ写真撮った日じゃん。頑張ったわりに、全然、匂わせれてないんだけど」

 「あっ、これ。デパコス買った日だね!!この日のストーリー、私めちゃくちゃ好き」



 「……ねえ。どの写真もさ、私たち、めちゃくちゃいい“笑顔”じゃない?」
 葉月はづきの問いかけに、「ホントよね」と答えて、カクテルグラスをほんの少しだけ持ち上げる。
 「ねぇ、葉月はづき。このカクテルね。“クイーン・エリザベス”って言うんだけどさ、カクテル言葉、何だと思う?あっ、カクテル言葉は、花言葉みたいな感じ」
 「んー、なんだろ…」
 そう言い、葉月はづきは“クイーン・エリザベス”をひとくち。
 「うん、おいしい!」
 花火が打ちあがったときのように、目の前でとびきりの“笑顔”が弾ける。
 「カクテル言葉はね、“それ”よ、“それ”」
 「え、どういうこと?」
 「んー?当ててみてよ」



 「ねえ、わかんないんだけど~」
 帰り道。少しだけ先を歩く葉月はづきは、振り向いて言った。あっ、また。いいじゃん、“それ”よ。“それ”。
 「笑ってないでさ、答え教えてよ~」
 夜の街にヒールの音を響かせて、私は葉月はづきを追い抜く。そして、振り向き、スマホを取り出して、カシャリっ。
 「いいでしょ。“素敵な笑顔”!!」
 「ちょっと!不意打ちはやめて~。……どうせなら、ふたりで撮りたい〜」

 今度は、ふたりでカシャリっ。

 ……あっ、ふたりとも“素敵な笑顔”。さすが、仲良し八月会。そう思ったとき、隣の葉月はづきがひとこと。

 「わかった!“これ”か〜」

 ねえ、葉月はづき。これからも、たくさんたくさん、楽しい時間を過ごしてさ、“素敵な笑顔”を見せてね。




Special Thanks
 八月生まれの、私の大切なお友達

 これからも、“素敵な笑顔”の想い出を重ねていこうね。

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