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『建築をめぐる三人家族の物語』

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これまで、「家の構造」や「間取り」がいかに人間の精神や行動に、そして家族の暮らしに影響を与えるかを、著書をはじめ様々な機会を通してメッセージを送ってきました。  しかし、これか…
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#京都

建築をめぐる三人家族の物語

建築をめぐる三人家族の物語

第6話 子どものために
子供に恵まれたのは、結婚して二年目の春だった。二人とも春の季節が好きだったので、出産五ヶ月前には、男の子なら春のやわらかな陽にちなみ「光」、女の子なら「陽子」と早々と決めていた。

「どんな子ができるんやろな。きっと男の子なら、武ちゃんに似て男前でやさしい子やと思うわ」

「こんなギスギスした世の中に生まれてくる子供も迷惑な話だと思うけど、男の子ならたくましく育って欲しい。

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第5話 社宅の不満
社宅の環境と住み心地はとても満足していたが、咲子には武夫に言えない二つの不満があった。その不満は最初は感じなかったが、少しずつ蓄積し、今では大きなストレスになっていた。

それは、同じ会社の人が住む社宅ゆえの、人間関係によるものといっていいかもしれない。

ひとつは、毎日の買い物や日曜日二人で散歩に出る時も、奥様方の視線がいつも気のせいか感じられ、気が抜けなかった。

夫の上司

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第3話 記憶の原風景
武夫と咲子が始めて出会ったのは、武夫が就職して四年目に咲子が新入社員として同じ総務課に配属され、近くのイタリアンレストランでの歓迎会の時だった。

咲子は部長からあいさつを促され緊張した顔で、「上田咲子と申します。京都で生まれ育ちました。京都しか知らへん女どす。東京の会社に就職するのは両親は反対どしたけど、なんか東京の空気を吸って一回りも二回りも自分を大きゅうしたいと思いまし

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第2話 町屋の家
咲子の生まれ育った家は京都市上京区西陣で、両親は高級織物で有名な西陣織を扱う小さな問屋を営んでいた。

西陣は江戸時代以前においてすでに一つの機業地として存在し、幕府の保護もあり、絹織物の産地として、歴史と伝統は古く、絶頂期には五千軒もの織屋があったという。

近年においても、戦争中及び戦後の沈滞期はあったものの、日本の復興、高度成長と共に西陣は益々隆盛を極めた。

その時代に咲

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