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未来の孫へ 2020年8月 スタートアップ企業について

僕の孫へ

2020年8月の出来事をもとにお話をしようと思う


前回の手紙では、キャンプサービスの立ち上げや挫折について綴っていたが、そういえば本業の方についてはあまり語っていなかったので、今回は新卒から今まで担当してきた仕事について書きたいと思う。

きっと、君も大学に入り、就職活動をして、どこかの企業に勤めることであろう。その君の時代の話と、これを書いている今の僕の話を比べながら楽しんでくれたらと思う。多分、参考にはならないだろうから。


教育学部を卒業した

実家はあまり裕福ではなかったので、国立の大学を目指した高校3年生。

頭もあまり良くなかったし、教育には興味があったので、地元の国立大学の教育学部に入学したんだ。(教育学部は比較的に偏差値が低い)

何故、教育に興味を持ったかというと、中学生の頃から6年間通ってた地元の学習塾が好きで、好きっていうのは勉強が好きとかではなく、そこの塾頭と奥さんが、色々なことを知ってて、それに色々な業界の人が知り合いでいて、その知り合いというのはその学習塾の卒業生だったりして。そんな、自分が知らない世界とたくさんの繋がりを持っている二人がとてもカッコよくみえていて、そんな二人のようになりたい、と思ったことが始まりだと思う。

僕の父は、公務員というのがあまり好きではないらしく、昔から隣でそんなことばかり言われていたから、教育学部に入学しながらも教員になる気持ちはさらさらなかったのが正直なところ。

教育学部に入って初めに思ったのは、「これまでお世話になってきた先生方はこうやって勉強してきたんだ」ということ。僕の勉強の仕方が悪かったのだが、こういった授業を受けて勉強していたらそりゃ、あぁいった先生方が生まれるよな。というのがこれまた正直な感想。そんな環境もあり、より「教育 >>>>>> 教員」の構図が強まった。

3年生の12月になり、就職活動が始まった。この頃は、12月から情報解禁となっていて、12月1日に尾瀬でのバスケ合宿中の宿でリクナビやらマイナビ(君の時代も健在なのだろうか)に登録したのを覚えている。

この時が、僕の人生のひとつのターニングポイントだった。

それまで、ろくに勉強もせず、バスケと夜遊びばかりしていたのだけど、就職活動という見えない重圧からか、本を読み始めるようになった。俗に言うビジネス書。ハーバードビジネススクールで行われる授業をもとに書かれたコンサルの本や、一流の社会人とは?のような本などなど。有名な『金持ち父さん貧乏父さん』や『7つの習慣』などもこのときに読んだ。本なんて全く読まなかったところから、毎月2,3冊は読むようになった。それから、映画。少し難しそうな映画など、映画館で毎週のようにみるようになった賢くなりたい。そんな思いで、浅はかにも本や映画から賢くなるための正解を探し出そうとしていた。

僕は、恐らく元々「感覚派」で、よくある診断だと「右脳×右脳」のザ・右脳派の人間なのだけど、この頃から、少々偏屈でありながらも論理的な思考ができるような左脳の強化がされていったと思っている。これで後々、システム系の仕事をするようになるのだから、わからないものである。

最初は、空港、ホテル、ブライダル、のようなイメージ華やかな業界を中心に見ていた。これらが悉く選考落ちをして、はてどうしたものか。と考えているときに、あるIT企業の有名なインターンシップを見つけた。いくつかの筆記試験や記述試験をクリアした人のみ参加できるインターンシップで、なんと学生でインターンシップという立場なのに、お給料がもらえ、かつ、選考も兼ねているというものだった。なんとか試験をクリアしてインターンシップに参加したのだが、ここで世界(日本での就活生同期だけど)の広さと強さを体感した。

周りは有名な偏差値の高い大学の人ばかりで、自分の大学が恥ずかしいとさえ感じた。一緒にグループワークをしてもみんな頭が良くて、「なんでそんな視点で物事を考えられるんだ、ワレ」と毎日毎日痛感しては、落ち込んでいた。そこで仲良くなった友達と話ているときに、「そういえば、ヤバイって噂のこの会社知ってる?」って話になり、それで知ったのが僕が新卒で入社することになるIT企業だった。


金融 × IT って強そうよな

早速その会社を調べて、選考も兼ねている1dayインターンシップに参加した。そこでは、記述の試験と、Javaの参考書を一冊渡されて制限時間内にこの機能を開発せよ。という試験だった。プログラミングなんてろくにやったことなかったけど、3時間くらいかけてなんとかクリアした。

この頃から改めて自分がどうしたいのか、就活の軸みたいなのを考え直していた。最初は、空港やホテル、ブライダルといった雰囲気華やかなところが多かったが、システム系の企業もよく見るようになっていた。

※これは余談だが、東宝(映画の製作などをしている企業)にもエントリーした。課題が映画の企画で、「人気芸能人が自分の過去の恋愛体験を自ら実写映画化する」という企画を提出し、1次審査を通過したことがある。


「自分は将来どうなりたいんだろうか」

そんなことを自分に問いてみたりした。そのときに頭に浮かんだのは、先にも述べた通ってた学習塾の塾頭と奥さんだった。学習塾で高校進学や大学進学を支援したい。というわけではなく、「僕の周りの人がもし道に迷ったときに、アドバイスはできないかもしれないけど、彼ら彼女らが意思決定をするのに最適な環境を整えてあげたい」。そう思うようになった。

ではどうすれば、最適な環境を整えてあげることができるのだろうか。

僕が生きている時代は、人が一日に触れる情報量は「平安時代の一生分」「江戸時代の1年分」であるとか言われている。それに伴う時代の変化の速さは凄まじいものがある。去年流行したタピオカミルクティーは今でも閉店しだしているお店もあり、次はバナナジュースだと、バナナジュースのお店が続々開店している。

そんな中で、「これがいいよね」なんて果たして言えるのだろうか。要は、昨日の"いいね"は、今日の"いいね"とは限らないということ。だとすると、僕ができることは、「最適な環境を整えること」つまり、「その人が自分で考えられるだけの材料を提供してあげること」なのかなと考えている。

今、タピオカミルクティーがいいよ!と言ってしまうと、バナナジュースに乗り遅れてしまう。「今は、タピオカミルクティーが人気だけど、今後どうなるかね。次に来るものがあるかな。流行ってこれまでどうやって生まれてきたんだろうか。有名な話だと、ファッションの流行は、その業界の一部のトップが「今年はこれを流行らせよう」として、雑誌やテレビなどにどんどん流出させているという話。では、タピオカミルクティーの場合はどうだろうか。」という具合に、考えていけるような環境の整備である。

環境の整備・・・・。教育の国交省・・・・インフラ整備・・・・?笑

話を戻す。

そんな最適な環境を整えられるようになるためには、どうすればよいか、就活生の尾髙青年は考えた。

「まず、世界を取り巻く環境は何か考えよう」

そう考えているときに出会った企業が、上で述べた「金融 × IT」として日本一の企業だった。

「金融なんて全然わからんけど、知っとかないと人生、かなり損しそうよな」

「ITなんて、なんとなく使えれば良いと思ってたけど、環境を整備する側に立ったら知っておかないといけない領域だよな」

今思えば、そんなちゃんと考えていたわけではないのだけど、直感的にそう感じるようになっていた。環境を提供する側の僕が世界を席巻している「金融」や「IT」のことを知らないで良い訳がない。

そうして、金融×ITのプロフェッショナル集団である『シンプレクス株式会社』に入社することとなる。




このまま続けると長くなりそうなので、今月は以上にします。

君の時代は今どんな状況だろう?

この話が少しでも君の救いになればと願って、纏めとします。



君の若かりしおじいちゃんより

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