大うそつきの話 2

「おはよう」

大うそつき、じゃなかった、にんげんは、にこやかにあいさつしました。さて、次は、きみをしあわせにしてあげよう、というきもちでした。われながら、なんて心やさしいにんげんなんだ、と思いました。

「だれ?」

ぼうやは、むずかしい顔をしてにんげんを見上げました。

「ぼくは、あの山のむこうのダイヤモンドの国の王さまだよ」
「王さま?」
「そうだよ。こっそりお城をぬけ出して、これから街へゆくところなんだ」
「どうして街になんて行くの? お城のほうがすごいのに」
「お城はたしかにすばらしい。でも、たいくつなんだよ。王さまだって、たまには、王さまを休みたいものさ。きみが学校を休みたいようにね」
「どうしてぼくが学校を休みたいって知っているの?」
「だって今日は月曜日だよ。もう朝いちばんという時間でもないしね。きみはこんなところで道草をくっているんだもの。休みたいに決まっているよ」
「なんだ、そんなことか」

にんげんは、むっとしました。せっかくしあわせにしてあげようとしたのに、しつれいな子だ、と思いました。しかし、おくりものを受けとれないというのはあわれなことだ、と思いなおしてこう言いました。

「どうして学校を休みたいんだい?」
「べつに」
「言いたくないなら言わなくてもいいんだよ。ただぼくは、きみがなにか、泣きたいようなきもちなんじゃないかって思ったんだ」
「どうして?」

にんげんは、しばらくだまりました。こんどこそ「なんだ、そんなことか」と言われないような、ぼうやがよろこぶようなとっておきの答えを出してみせる、と目をつむって考えました。

「ねえ、どうして?」

にんげんは、ぱちりと目をあけてこう言いました。

「それは、きみがいちばんよくわかっているんじゃないのかい?」
「どういうこと?」

ぼうやがすぐに返したので、にんげんはいらいらしました。ちょっとは自分で考えろ、と心のなかで言いました。しかし、まだこどもなのだから教えてやならくちゃならない、と思いなおしてこう言いました。

「答えはいつも自分のなかにあるんだよ、ぼうや」
「ああ、わかった。お母さんもよく言ってるやつだ。むねに手をあてて考えてごらんっていうんでしょ」

にんげんは、へびのような目をして言いました。

「いいかい、ぼうや。さっきも言ったけれど、ぼくは、ダイヤモンドの国の王さまなんだ。ダイヤモンドというのは世界でいちばんかたい宝石だよ。どんな赤んぼうの目よりもすきとおっていて、きらきらとかがやく、神さまのようなとくべつな石だ。ぼくは、その神さまのような石をまいにち見ているからね、いつのまにか、人の心がわかるようになったのさ」
「そうなの?」
「そうだよ。ダイヤモンドという宝石はあまりにもすきとおっているだろう? そうすると、人の目を見たときに、ちがいがわかるのさ。かげりや、くもりや、にごり……そうだな、悲しみのつぶみたいなものが見えるときもあるし、涙のあとには虹が見えることもある。雨あがりの空みたいだろう? この世界にはうつくしいひみつがたくさんあるんだよ、ぼうや」

ぼうやは、にんげんのことばにうっとりしました。にんげんのほうでも、自分の口から出てきた思いがけないことばにうっとりしました。われながら、なんてすばらしい才能なんだ、なんて心やさしいにんげんなんだ、と思いました。うっとりしているぼうやを見て、にんげんは大まんぞくでした。

「そうだ。こんど、ぼくの国にあそびに来るといい。ダイヤモンドをたくさん見せてあげるよ」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだよ」
「ぼくもダイヤモンドを見たら、お父さんの心がわかるようになるかな?」
「ああ、きっとわかるさ。ダイヤモンドは神さまのような石だから」
「いつ? いつ行ける?」
「これから街へゆくから、また今度」
「今度っていつ?」
「それも楽しみにしているといい。ぼうやは、わが国のたいせつなおきゃくさまだ。心からのおもてなしをするよ」

にんげんは、そう言ってぼうやに手を差し出し、ふたりはダイヤモンドのようにかたいあくしゅをしてわかれました。ぼうやは早くお母さんに知らせなくちゃと走り出し、今日はいつもとはちがう一日になりそうでした。

にんげんは、ずんずん歩いてゆきました。
すると、こんどは、よっぱらいに出会いました。

つづく

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