徒然短編小説 10/8 酒の沙汰
私は今、地獄にいる。
そう、生前に悪い事をした人が行く、あれである。サークルの旅行ではしゃぎ過ぎた結果、アルコールがどこか悪いところにまで回ったのか視界がくるっと一回転してパーッと倒れてこんな所にいるのである。
まさかそんな死に方で地獄行きの基準を満たしてしまうとは思わなかったが、確かに悪いことといえば悪いことではあったから、やや不満ながらも飲み込んだ。
地獄というと、まるでどこまでも広がる溶岩が冷えて固まったような、そんな景色を想像していたが、実際のところは綺麗な石畳と洋風な街並みで出来ていた。
一見すると地中海あたりにありそうな街並みだが、地獄の三丁目とかかれた看板があるのだからここは地獄なのだろう。
とりあえず、来てしまったものは仕方がない。はてさて、どこへ向かえばいいのやらと迷っていたところ、後ろから青い天パの細マッチョが話しかけてきた。
「お嬢さんはここに来るのは初めてかい?」
「うん。何もかもが初めてで、初めて過ぎてどうしたものかと悩んでたところです」
「なるほど。落ちたてほやほやなわけだ。なら、この大通りを真っ直ぐ行った先で受付をしているはずだから行くといい。色々教えてくれるだろう。」
「丁寧にありがとう。そうしてみます。」
知らない人に話しかけられるのが苦手な私は、お礼を言ってそそくさとその場を退散した。
大通りをやや早足で進むと、確かに受付があった。受付という看板があるのだから受付だろう。そして、数人ばかり人が並んでいたため、私も前に習った。数分ほどで私の順番が来て、私は驚いた。
「やあ、ちゃんと言われたとおりに来たんだね。偉い偉い。さ、これに名前書いて。」
そう言って紙とペンを渡してきたのは先程話しかけてきた青髪天パである。ここに来るまで、誰かに追い抜かれるどころか、人とすれ違ってすらいないのに、どうして先にいるのか。そう疑問に思ったが、ここは地獄なんだった。まあそんなこともあるだろう。まだ驚きの余韻が残っているため、ほんの少しテンパりながら名前を書いた。
「さて、それじゃあ君。君の仕事場は血の池地獄だ。」
「え?」
「地獄に落ちた人たちには、地獄で働いて貰って、反省が認められたら生まれ変わってもらうんだ。で、君の職場は血の池地獄。」
「は、はぁ…。なんだかよくわからないですけど、血の池地獄へはどう行ったらいいんですか?」
「ここだよ。ここが血の池地獄。」
いつの間にかさっきまでの洋風な街並みも石畳も無くなって、ドクドクと赤い池のようなものの横に立っていた。地面はゴツゴツしているし、見渡す限りのゴツゴツだ。あれま。地獄らしくなってきた。
「暑いのは苦手?」
冗談っぽく笑う青天パ。訳が分からない展開にフリーズしていた私の緊張をほぐそうとしているのだろうか。
えっと、こんなところで何をどうしたらいいんだろう。
あ、声に出ていなかった、いっけねー。
「君にはこの血の池地獄で働く人達のご飯係になってもらいます。キッチンはあっちね。」
声に出さなくても教えてくれた。もうなんでもいいや。
とりあえず、ここで、ご飯を作ればいいんだな。うん。そういうことなんだろう。
もうあんまり考えたくない。色々とありすぎて理解が追いつかないしきっと考えてもわからない。とにかく言われたことをするだけしなければ。
野ざらしのキッチンに向かい、横にある大量の見たことも無い食材を適当に掴んでどう調理しようかと考える。あれ、そういや、血の池地獄で働く人をまだ見かけていないな、何人分作ればいいんだろう。
質問しようと顔を上げると、何百人もいそうな行列がまだかまだかと急かしてきていた。さっきまで私と青天パ以外誰もいなかったのに。どうして。
「まだか!」「早く!早く!」「こっち!」「お願い!」「ねぇどうして!」「助けて!」
沢山の人達がまだかまだかと急かしてきている。騒がしい。気持ち悪い。大きい音が頭に響く。それにしても聞き覚えのある声が混ざっていた気がする。
あれ?
ふと目が覚めた。見知らぬ天井。口元には変なマスク。体に繋がれた管。あれ、ここどこだろう。いやいや、知っているはずだ。何度か見た事がある。
ここは
病院だった。
私は病院に居た。あまり動かないクビを回して横を見ると、瞼を晴らしたまま椅子に座って寝ている友達の姿があった。
ああ、
なんだ、
夢だったんだ。
私、
生きてたんだ。
よかった。
このあと起きた色々な人にこっ酷く怒られたのは言うまでもない。
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