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幸せはおやつの香りがする

ただいま、とドアを開けると、家中にお菓子を焼いている素敵な香りがする。あれはまだ小学生だった私が見つけた、幸せのひとつだと言えるだろう。

まだわたしが幼い頃、母は頻繁にお菓子を作ってくれた。家には沢山のケーキの型があった。スポンジケーキ型、タルト型、マドレーヌ型に、シフォンケーキ型…一体いつ集めたんだろうと思う量の様々な形のクッキー型なんかもあったし、手書きのレシピや書籍には、ウチのオーブンならこの温度で焼いたら良い、これは失敗した、など鉛筆で走り書きがしてあるのを何度か見かけたものだ。

今日はその中でも良く覚えている、3つのお菓子の話をしようと思う。

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ひとつは『パウンドケーキ』だ。
焼き上がりは長方形、切ると断面が綺麗な黄色で甘い香りがふんわりと漂うケーキだ。味はさまざまで、レモンやりんごやバナナなんかが多かったと思う。どれもこれも好きだった。
パウンドケーキを焼いていると、香りですぐにわかった。バターをたくさん使うお菓子なので、はじめて母と一緒に作った時はびっくりしたものだ。
ケーキ型に、紙で作った型をバターで張り付けて、そこに黄色くぽってりした生地を流し込む、ボールに残った生地をこっそり味見をしたものだ。
ふんわりとした生地に、手作り独特の少し香ばしい焼き目、四角く切ったすこしまだあたたかいケーキは私にとっての母のケーキだ。
この四角いパウンドケーキは私の覚えている記憶の中で、母が一番作ってくれたケーキだと思う。

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ふたつ目は『大きなプリン』だ。
大体直径15センチくらいあるガラスの耐熱容器いっぱいに作られたそのプリンは、しっかり固めのものだった。
それを大皿に、まるでプッチンプリンのようにひっくり返して、ケーキのようにカットして食べるのが、我が家の定番だったのだけれど、時たまその時に失敗して台所をベタベタにしたりもしていた。
作り方は普通のプリンと何ら変わりもないが、その15センチ大の大きな耐熱皿にカラメルと卵液を入れて、オーブンに入れる瞬間はいつも「本当に固まるのか?」と疑問に思っていた。
弾力のあるしっかりした卵と牛乳の味のするその素朴な味のプリンは、時折我が家の食卓に上がった。

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みっつ目は『アイスボックスクッキー』だ。
作った生地を細長い綿棒のようにして冷凍庫で凍らせ、焼く直前に好きな薄さに切っていくものだ。これは私がよく作っていたものなのだが、なかなか家族にも評判が良く、時折生地を作っては冷凍庫に忍ばせていた。
味は基本的にはプレーン、時折ココアを混ぜたチョコを作ったりもした。
冷凍するからか、生地のレシピが良かったのかはわからないが、口に入れるとサクサクとした食感とバターの香りが広がる私が胸を張って美味しくできますと言える唯一のお菓子だ。
小学生の頃のバレンタインなんかは、これをたくさん作って色んな人に渡したり、父と兄と母にプレゼントしたりしたものだ。

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手作りのお菓子というのは、何だか嬉しい味がする。
もちろんプロのパティシエのケーキには味も見た目も負けるけれど、あの手作りの美味しさは言葉にするのが難しい。
嬉しい気持ちなのか、愛情なのか、果たして一体、あの素朴であたたかな味はどこからやってくるのだろう。

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