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短編:【不穏な予兆】

普段見ている風景が、実は何かの予兆となっていることもある。不調和音は日常生活にも潜んでいて、何かの拍子にすべてが一変してしまう。そんなアンバランスな世界。その日、窓の外には縦に走る不気味な雲が伸びていた。

「何で気づかなかったんだよ!」
「スミマセン!」
社内に響き渡る怒涛。90度を超える直角に体を曲げて平謝りの男性社員。
「一千万だぞ!こんな不祥事、取り返せんぞ!」
「本当に申し訳ありません!」
部長は手を振って、いますぐ回収に向かうよう、その社員に指示をする。

いつだって迷惑を被るのは下請け会社だ。途中まで進行していた案件がストップし、請求が出来なくなった。その動きに気づけなかった担当は後手にまわった。

「結局さ大企業であれば、大したことではないかも知れないが、ウチみたいな零細企業は死活問題だよ…」
営業先から戻った男性社員が、深夜のオフィスで同僚と話をしている。
「始末書なんかじゃ済まない問題なのはわかるけど…」
同僚はコーヒーを2つ持ってそっとデスクに置きながら語る。
「仕事ですからね、仕方ないですよ、相手は大企業ですし…ウチは下請けですし…でもまあ、良かったですね…」
「なぐさめだよな…作業した分は回収させてもらえたけれど…これだけ揉めたら、もう二度と発注はないだろうな…」
担当は外されて、一気に仕事も無くなるだろう。

「今回のことが一段落付いたらさ、会社辞めるよ…」
「会社辞めてどうするんですか?アテはあるんですか?」
デスクに置かれたコーヒーを少し飲む。
「アテね…。まあ何とかなるだろう…」

真っ暗な窓の外を見る。
「ニュースなんかでさ…」
遠い目をして自分に語る。
「たまに見るよね…大企業で何千人リストラ、とか、大規模な連鎖倒産とか…」
「ありますよね…」
「そのクビになった人達ってどこに行くのかな…」
「…そりゃ…同業の会社に再入社したり…」
「手に職があればイイよね。中には実家に帰って家業を継ぐ人もいるだろうし。でもね、若い内は転職もできるだろうけど、まあある一定の年齢になると…または何度も転職してたりすると、再就職は難しくなるよね…」
「それでも退社理由は会社都合ですから…」
同僚の言葉に軽く笑う。
「世の中は、そんな些末な理由なんて興味ないんだよ。年齢が高くて何度も転職しているとさ、面接すら辿り着けず、書類見ただけで落とされる…ハローワークに行けば、運搬配送業界や介護業界ばかり紹介されて、前職のスキルなんて見てももらえない…」
「そんなもんですかね…」

「仕事のミスで、業務的にはその会社では村八分になる。淀んだ空気が流れる社内で雲行きも悪くなる。自分都合での退社に追い込まれる」
至って淡々と、近い未来を語っている。
「居心地の悪い場所にしがみついてでも居残るほど落ちぶれてはいないよ…もう今の時代は早い判断と決断で、自分の道を切り拓かなくては生きて行けないから…」
「まぁ、そうかも知れませんけど…」

「自分の思い描いた道で生きていられるのはほんのひと握り。だからってそれが正解かどうかはその時にはわからない…工事現場の道路整理や、コンビニ店員のバイトを見つけて、とにかく生きるための糧を手に入れる…アテが無くても何とかしないと行けない。それがいまの正義だよ…」
「そんな…そこまで自分を追い込まなくても…」

PC画面に“退職願”の雛形が見えている。
「地震雲ってあるでしょ?こう、飛行機雲に似ているけど変な方向に立ち上がってる雲」
右手を軽く揺らしながら上げる。
「地震雲ですか?」
「未来を暗示していると言われて、不穏な雲なんだけど、科学的には、または国の研究機関的には、根拠はないとされているらしいんだよね…」
「根拠うんぬんより、信じている人はいるでしょうね…少なからず、きっと何らかの関係性や力が働いてるように思いますし…」
「一説にはね、地下のマグマが活発化して、一部分の地表や海面が急激に熱せられて温度が上昇し、その部分から微かな水蒸気が噴出する。その結果普段現れない縦に伸びる不吉な雲『地震雲』が出る、というのがメカニズムなんだそうだよ…」
「え!そうなんですか!?それこそちゃんと理由あるじゃないですか!」
「その予兆に気付けなくても、ある日突然、明日にも、突然大きな災害があるかも知れない。戦争が勃発して攻撃されるかも知れない。仕事だけではないから…そう言うことじゃん生きるって…」
「まあそうかも知れませんけど…」
「政治家だってそうだよ、芸能人だってネットの炎上で死活問題となるし、命を断つことだってある。昨日までの当たり前が、当たり前のように次の日に繋がっているとは限らない…」
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。

「…だから、微かでも誰かが教えてくれる予兆があるなら、それを見落としてはいけないんだ。それがある意味吉報ってこともあるかも知れない。…いまがその時だって合図かも…」
「予兆が良いか悪いかわからない…」
「だから運命を受け入れて、今やれることを必死にやる。人として当たり前のことが、出来ないのが現代だからね…」

しばらくしたある朝、出社をするとデスクがキレイに片付いていた。誰もその後の行方に関心を示さなかった。連絡先もわからなかったが、生きていれば、いずれまた、どこかでバッタリ再会できるんじゃないか、そう思えた。生きていれば。

     「つづく」 作:スエナガ

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