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短編:【職を決める】

「農業は天候に左右される。漁業も自然の影響を大きく受ける。どちらも鮮度が重要視され、収穫から消費者へ届けるスピードが求められる。流通はそのスピードが命である。物を製造する場合は、職人の技術力や大規模な機械導入がある。在庫管理する場所の確保も必要で…」

郊外型の広いファミレス。向かい合わせに座る男性ふたり。
「で、何やるか決まったか?」
スーツ姿の男性が、ホットコーヒーを飲みながら聞く。
「そこなんだけどね…」
白いパーカーにジーンズの男性がアイスコーヒーのグラスに口をつけず、ジッと見つめて答える。
「漫画家…に、なろうか…と」
スーツ姿の男性が大きくため息をつく。

「弟だから言うんだけど、お前さ、世の中舐めてるだろ?」
スーツ姿の兄。パーカーの弟。
「舐めてなんか…」
「だいたいさ、実家からこっちに出て来たんだったら、まず真っ先に俺に相談すべきだろう!なんだよ元カノの部屋に居候って…」
「元カノじゃないよ!ちゃんと遠距離恋愛していたんだから…それに兄さんの所は小さい女の子ふたりもいるし…」
「まあ百歩譲って、今カノでも良いよ。彼女もちゃんと会社員として働いているワケだ」
「そうなんだ、ビックリした。毎朝ちゃんとスーツ来て出社していて、見違えたというか…」
兄はコーヒーカップを置いて、取っ手を回して話を聞く。
「それを見て、早く仕事就かなきゃって思わないワケ?」
「仕事は探してるさ!ほら、デリバリーをやろうと思ったら、移動手段の自転車とか必要だし、ファストフード店に面接行ったら、髪型が飲食店的にとか、床屋行く現金も無いし、ワンオペがどうの大丈夫かとか結構色々言われてさ、結構ハードルが高くて…」
「なあ、バイトだろ?バイト探しでハードルが高いとか言ってるようで、どうするんだよ…」

弟は小さな声で「いただきます」と言いながら、氷がかなり溶けたグラスを手で持ち口をつける。水滴が着いた手をジーパンの外側で拭っている。再度大きなため息をつく兄。
「それで漫画家?」
「ほらオレ絵描くの得意だし…」
「…準備は?PC、タブレット端末。まあ原稿用紙の紙でも良いや。Gペンやインク。スクリーントーン。どこにコネがある?実績は?受賞でもしていて、誰か有名な作家さんのアシスタントをしていた経験があるとか?」
「だからまずはアシスタントから…」
コーヒーカップを持ち、そこで止まる。
「そんなヤツが志願して来られたら、作家先生も困るだろうな…頑張って作品描いて、そんな修行のためだけでノコノコ来るようなヤツに、懸命に稼いだお金を給料として払うワケだ!」
「や、仕事はハードルが高くってさ…」
「漫画家だって趣味や遊びじゃない!どんな仕事だってハードルは高いものだ!多少なり準備資金も必要だ!どんな人だって誰もが働かないとメシが食えないんだよ!ウチだってふたりの娘のために蓄えも必要だから必死に働いてるワケだ!」
手に持ったカップに口をつけることなく下ろす。

「お前、実家帰れ。父さん母さんの農園手伝え。逃げんな…」
「…逃げたのは兄さんじゃないか…」
弟はアイスコーヒーを持ってグビッと飲む。
「最初に実家から、…農園継ぐことから逃げたのは、兄さんじゃないか!」
ホットコーヒーを飲む兄。
「お前さっき言ったよな。農業は天候に左右されるって。俺が大学に入る時、天候不順が続いたんだよ。農園の縮小が余儀なくされて、俺は俺でバイトしながら学費を払う。実家には大学で学んだ様々なアイディアを伝えた。農園に戻ることなく、会社に入って働いて少しでも実家の生活費の足しにした。そのうち俺は結婚し子どもが出来て。いろんな試みも徐々に効果が表れた。農園も軌道に乗って天候にも恵まれだした。俺は俺ひとりで生きてきたワケではない。農園も自然に左右されて浮き沈みを繰り返しているだけじゃない。みんなが見えない所で必死に努力してるんだよ。お前が自分の殻に籠もって生きてる間に、誰もが自分の役割を果たしているんだよ…」

「お前、実家帰れ。父さん母さんの農園手伝え…」
「オレが継ぐよりも兄さんが…」
「もう一度言う。実家に帰って農園を手伝え」
「兄さんは戻らないの?」
「どうだろう。会社員だって社会の景気に左右されるからな、リスクの無い仕事なんかないよ。お前が農園を継ぐ選択は、ある程度のレールがひかれた職場だが、臨機応変に考えながら理想を描く仕事だと思うんだな。漫画家志望だったらさ、父さんのアシスタントからはじめて、それを越える作品を作ってくれよ…」

兄がゆっくりスマホを持つ。
「父さん、うん俺。いま大丈夫?」
アイスコーヒーを持ち泣きそうな弟。口をつける。
「そう、こないだの話。うん、うん、え?」
驚いて兄の顔を見る弟。
「わかった。うん。忙しいから…お盆には顔出す」
スマホを切る。
「何?なんだって?」
兄の口元が緩んでいる。
「直接面談をして決めさせてくれってさ!」
弟も苦笑い。
「コレで一度、実家帰れ」
白い封筒を渡す。
「少し多く入れといたから、今カノとご飯でも食べて説明しろ」
「ありがとう。…嘘ついた。彼女は元カノだし、早く出ていってくれって言われてて…」
「じゃあ尚更、食事奢ってこれまでの感謝を伝えるんだな」
「ちなみになんだけど…」
弟が上目使いで兄を見る。

「…給料はどうなるのかな?」
「出来高払いだろうよ、自然と闘う男よ!」

     「つづく」 作:スエナガ


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