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短編:【在宅授業】

ある程度年齢を重ね一人暮らしをしていると人の声が聞きたくて、見もしないテレビをつけっぱなしになってしまう。それをぼんやり眺めていると普段は気にも止めないのに、これは有意義だと思える情報が突然飛び込んでくることも、たまにはあったりする。

『シニアに大切なのは【きょういく】と【きょうよう】です。分かりますか?』

昼間の情報バラエティー。お名前は何といっただろうか?かつて人気のあったコンビ芸人さんが司会をしていた。もうひとりの方はどうしたのかしら?どうでも良いことを無意識に考えてしまうのも、今年のこの暑さでボーッとしてしまうからだと思っている。エアコンを使えと言いながら電気代が高騰し、天候がおかしくて電力不足だから節制しろと矛盾したことを言う。これだからテレビも政治家も無責任だと感じてしまう。

『何もせずボーッと過ごしてはいけません!
【今日行く】と【今日用】、
つまり予定を入れて自主的に出かける用事を作りましょう!』

画面の中で熱弁している。
なるほど。
とにかく頭を使えと。
どんなに暑くても外に出ろと。
「やっぱり面白いことを言うのねぇ…」

かつて私は国語の教員だった。結婚を機に退職し、夫を失い子供もいなかったため孤立。無意識なのだがテレビに語りかける日々を過ごしていた。
そんな私には当然のように今日の予定など何も無かった…

突如電話が鳴った。
「もしもし?」
『あ!ばあちゃん?オレだよオレ!』
「どちらのオレさん?」
『ばあちゃんの孫!孫の…』
「…ヒロちゃん?」
『そう!ヒロ…ヒロシ…』
「え?」
『…ヒロト』
「ヒロトちゃんかい!」

お分かりだろう。私には孫などいない。咄嗟に出た「ヒロ」と言う名前から、まあ親切に適当な名前を出して墓穴を掘ってくれた。

「きょういくときょうよう…」
『ばあちゃん!ちょっと困ったことになってさ』
「あらあらそれは大変!事故でも起こしたの?仕事の経費を落としたとか?」
『疑いの目向けられていてね、信じて貰えないんだよ』
「疑い…」
『オレが嘘を付いていると思われていて…』
「おや?」
『だから証人になって欲しいんだ!』
何と突飛な話だろう。突然電話をしてきて証人になって欲しい?嘘をついているかどうか以前に、勝手に孫のフリをしている時点で何を狙っているのかわからない。
「どんな嘘を付いているというの?」
『結婚詐欺…彼女がそう騒いで信じてくれないんだ!』
「結婚詐欺…?」
『オレがそんなことをする人間じゃないって証言して欲しいんだよ』
「何だい、男女のもつれかい…証言と言われても…」
『お電話変わりました』
女性が出た。
「どうも」
『私が彼に疑念があって警察に行くと伝えました』
「あらそうなの…」
『おばあさまから見て、彼は嘘をついていませんか?』
「嘘…ですか。さあどうかしら…少なくても多少の嘘はついているかも知れないけれど、結婚詐欺ではなくオレオレ詐欺はやっているかもね」
『詐欺師は詐欺師なんですか?』
「どうかしらね…私も今日いま始めてお話した方だから…」
『どう言うことですか?アナタおばあさまなんでしょ?』
「そう…ですね」
『アナタも集団詐欺の仲間なんですか!?』
「どうかしら…嘘はついても、詐欺はしていない。彼は何のために電話して来たのかしら?」
『お電話変わりましょうか?』
「ええ、お願いします…」

『ばあちゃん!彼女を説得してくれよ!』
「あなた、どなた?」
『え!?ヒロトでしょ?』
「私には孫はいませんの。ましてやヒロトもヒロシも知りません。…あなた何でウチに電話して来たの?どうやって調べたのかしら?」
『だから素直に彼女と結婚したいと思ったから…』
少しの間があった。
『…あ、スミマセン…いま彼女が席を外したので正直にお話しますと…
実はオレ、普段は違う仕事をしているんです』
「そうでしょうね…オレオレ詐欺か何か?」
『最近はそんな名称では呼ばないんだけれども…まあ、似たようなものかな…でね、いまどきは一人暮らしのシニアで検索すると個人情報なんてほとんどわかるんですよ』
「そうなのね…」

『オレには家族がいないんです…なのに彼女が誰か家族の人と話をしたい、他の家族に聞かないと信じられないと言い出したんです。オレは本気で彼女と結婚したくて…だから誰か証言してくれる人がいないかと調べて…』
「ヒマを持て余してるであろう老人の電話番号を見つけた…?」
『あとは劇場型詐欺同様に孫だと名乗り証言してもらおうかと…』
「でも彼女さんに下の名前が違うとか勘ぐられるんじゃない?」
『名前なんて、ばあちゃんがボケて混乱したとか何とか言って誤魔化せるから…』
「そんなモノなのね…」
禅問答に近い無茶苦茶な理屈である。電気代が高いのにエアコンを付けて金払え。電気代と医療費を天秤にかけたら、どちらが高いのかという損得勘定…ああ…こんなどうでも良いことを考えるのは暑さのせいだわ…
『あ、彼女が戻って…』
電話の声が変わる。
『おばあさま、彼は…』
「ええ、嘘をつくような子ではないですよ。生きるのに必死で、あなたに信じてもらおうと躍起になっている。不器用な人ね。でもこの電話のおかげで、いい退屈凌ぎになったわ…」
『退屈しのぎ?』
「シニアにはね、きょういくときょうようが大事。シニアだけじゃないわね、すべての人に教育と教養は大事。いくつになっても学ぶことばかり。疑り深く、常に探求心を持たなくてはいけないわ…。私は彼の事は分からないの。ずっと会っていないから。いいえ、会った記憶も無いわね。だからあなたの目で信じられるなら信じればイイ」
電話越しの見知らぬ他人の言葉に騙され、目の前にいる人間の言葉を信用できない時代。たとえお金は取られなかったとしても、突然何かに巻き込まれた悔しさ。嘘の強要、信頼の喪失、大事な尊厳を奪われたような感覚。

それでも…
「あ〜やっぱり人とお話するのは楽しいわね。今日はどうもありがとう!」
そう言って電話を切った。

「きょういくときょうよう」
それからとにかく用事を増やして家を留守にすることが増えた。人が集まる所はエアコンが涼しく、そんな所はウイルスが蔓延しているかも知れないけれど、そうすることでワケの分からない電話に対応しなくて済む。ある意味雑多な街の喧騒は、ある種つけっぱしになっていたテレビの騒音に近いものがあり、私には心地よかった。
「無駄な電気代も馬鹿にならないもの…」
この世の中はすべてが損得勘定。常に頭を使ってボケているなんて言わせない。
「あの2人は、幸せになれたのだろうか…」
そもそも恋愛そのものが男と女の騙し合い。自分で考えて自身で答えを導き出す。他人に何を言われても決めるのは本人なのだ。
「万一また電話が来たならば、もっと困らせてやろうかしら…」
教育と教養、在宅学習は一生続く…

     「つづく」 作:スエナガ

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