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短編:【わからない奴はいくら言ってもわからない】

簡単なことだ。
分かる努力もしないし、
分かろうとも思っていない。
諦めている。
だから誰も何も言わない。

わからない奴は
いくら言ってもわからない。


「何度言えばわかるんだよ!」
板前長が厨房内から叫ぶ。
「新しい注文の伝票は左!」
「あ、すいません…だけど…」
「だけどじゃねぇ!ルールは守れ」
「や、でもすぐに出来るコッチを先に作った方が…」
「そうじゃないんだよ!お客さんの注文が前後してクレームになるから順番通りに作るんだよ!」
「時間のかかる料理の合間にコッチの調理を行った方が効率も良いですし…」
「ゴチャゴチャうるせえなぁ!50年変わらないウチの大切な決まりなんだよ!」
「そんな時代錯誤な…」
「ここはお前の店じゃないんだ!ルールを守って…」
「そのルールって、ホントにお客様のためなんですかね…」


わからない奴は
いくら言ってもわからない。


「今日は燃えるゴミの日ですよ…」
「コレ、燃えますよ」
「いや…うちの区ではコレは燃えないんですよ」
「そんなローカルルールは知らないですけど、コレは燃えますよ」
「燃えてもガスが出たり、燃えカスが残ったり…」
「あのアナタは区役所の方ですか?焼却炉の番人ですか?何故アナタにとやかく言われなくてはいけないんですか?」
「ずっとこの町ではそうして来たんです!」
「町内会長さん?」
「いえ…違います…」


わからない奴は
いくら言ってもわからない。


「その場合も申告してください」
ハローワークの若い男性。
中年男は異論を唱える。
「それはオカシイですよね!?」
「いや今確認して来たらそうだと」
「何で先にカードで支払いをして、それを精算した経費が収入扱いなんですか!?」
「それはその会社様から支払があれば収入扱いに…」
「何で先に払った必要経費の精算が収入なんですか」
「会社から支払があれば収入です…」
「それは変ですよね?経費が返って来て、それが収入だったら、一般の会社すべての皆さんが申告間違えていますよね?」
「…確認して来ます…」
受付の若い男性は面倒臭そうな表情で立ち上がる。こうしたお役所仕事は良くあることだが死活問題である…

「失礼しました。確認したらそちらの申告は結構です」
「ですよね」
「申し訳ございません」
真実はともかく、自分の正当性は守られた。しかしこう言われて、声を上げなければ間違えた申告を続けている人は多いのではないだろうか…


わからない奴は
いくら言ってもわからない。


「女だとか男だとか、それは差別ですよ」
「アナタだって背が低いとか太っているとか言ったじゃないですか!」
「外国人だとか、地元民だとか言うからですよ…」
「金持ちを誇らしげに語ったり、誰の知り合いだとか、自慢ばかりしたじゃないですか!」
「差別とか言う奴が差別しているんじゃないですか?」
「アナタとは馬が合わない!」
「拒否している時点で壁があるんですよ!」


わからない奴は
いくら言ってもわからない。

つまりはわからせる必要も無いのだ。
そりゃあそうですよ。
生まれた場所や育った環境。
価値観や信じるもの、
すべてが違うのだから。

いつまでもマスク生活を望む業界と、早く以前の生活を取り戻したい人達。そして今の時代を利用して更なる発展を期待する多くの企業…。正義が違うのだから、交わる筈も無い。

アナタは正しいんですか?
アナタは偉いんですか?
アナタは価値のある人?
じゃあアナタのことばかり気にする自分はどうなんですか?

わからない奴がわからないのではない。
自分以外のすべての人が
違うのだから面白いのだ。

だけど。
それを尊重する懐の深さが無い自分が、惨めで情けない。自分のことが一番自分をわかっていない。そんな自分が無知で馬鹿なんだな…

どっちの意見が正しいとか、新しいとか古いとか…所詮、人生100年。何万分の、何百分の一と言う、ホントに短い時間にいがみ合ったって意味が無い。他人のことをとやかく言う前に、自分を見つめ直すことが出来たなら、この世界はもう少し居心地が良いことだろう。

わからない奴はいくら言ってもわからない。
それぞれが自分の正義で生きているのだから。
それが嫌なら誰もが黙らなくてはいけないことになる。
共感を求めてはいけない。
それがこの世界の当たり前なのかも知れない。

     「つづく」 作:スエナガ

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