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短編:【テコ入れ】

これまでパンドラの箱として、遅々として進まなかった選挙という儀式が大きく変わったのは2026年秋のことだった。その変化を印象付けたのが、ポスター掲示と選挙カーの在り方に関しての大幅リニューアルという部分だった。

各所に現れる、あの無駄に大きな掲示板が姿を消し、代わり“江戸時代風”の小さな立て看板が姿を現した。“高札(こうさつ)”という禁令やお尋ね者などを町中に知らしめるため使われたあの小さな看板と言えば解るだろうか。コスト削減、設置場所の縮小、すべての問題を一手に解消したのが、この温故知新とも言える逆転の発想だった。再利用可能な金属製で雨風にも負けない傘が特徴の時代に即した形状をした、その古風で小さな立て看板には何の説明もなく、ただ1つ“QRコード”が画かれているだけだった。

そのQRコードが街の至る所に出現することで「ああ選挙の季節が始まったのか」と興味を惹かせることとなり、一層多くの国民が関心を寄せる風物詩として捉えられ、結果すべてにおいて良い方向へと進んだ。国民はそのQRコードを読み込むことで、自分のスマホでゆっくりと候補者全員の顔が見ることができ、さらに貼られたリンク動画によって、ひとりひとりの生きた声で主張が伝えられ、経歴・公約・人となりといった、より深い理解を可能にした。候補者は無駄な経費と労力を費やしポスターを用意したり、自治体も無駄にデカイ掲示板を設置する輸送費、人件費をかけずコンパクトにできるなど、全てWIN WIN ということとなった。

かつて世界的な芸術家が突如として街角に自身の絵画を残すことで注目度が上がったことと同様に、説明も無い立て看板が街中に現れることで、小さな子ども達にも関心を持たせることに成功し、早くからゲーム感覚で選挙を楽しめる環境が整って行った。中にはVR技術も併用して、メガネをかけてその立て看板を見れば、昔なつかしい大きな掲示板で表示する、という案もあったようだが、そこまでのアトラクション感や無駄な費用をかける必要性に反対意見が多かったようだ。漫画アニメやゲームを日本の文化として押している高齢の政治家であれば、面白いと乗って来たであろうが、そのノスタルジックの必要性を感じていない多くの国民からしたらば正しい選択だったのではないかと思われる。

公共事業の一環、税金の無駄遣い、様々言われて来た選挙。これまでのしきたりを変えることによって、それを主張した政治家がそれまでのシガラミを排除したとして抹殺の恐れがあったため、誰一人変えようとして来なかった。しかし時代が変わった。廃品回収、灯油販売、豆腐屋、竿竹屋、パン屋、焼き芋屋と言った、これまで音楽やインフォメーションをしていた移動販売ですら騒音問題として扱われ、全面的に禁止となった。受験を控えた浪人生や低学年の家庭内暴力、それらの騒音を起因とした刑事沙汰の事件が各地で起きたことを踏まえた結果だった。静かになったその街で、選挙カーだけ特別、ということは許されなかった。そこで各自が率先し、候補者を調べるようにしむけ参加させる必要を考え、当時の最新人工知能が“高札”という昔に存在した周知方法に着目し集約させる策を打ち出した。無駄にのんびり走り、名前を連呼するだけの選挙カーという時間のムダも省けると共に、それによって発生する渋滞やトラブルも無くなった。これもまた、何故これまで誰も手を付けて来なかったのかという政治批判的内容も多くの情報番組が取り上げていた。

ここに至る迄は、もちろん若干の紆余曲折があった。やはり模倣する候補者も増えてしまった。選挙事務局が立上げた正規のホームページに似せて、自分が有利な情報や他の候補者を侮辱した、違法なページへ飛ばせるQRコードを貼り付けるという新手が多くなった。逆に、他の候補者がそうしたページを作っているような愉快犯まで現れた。しかしそれはすぐに姿を見せなくなった。デジタルにすることで、誰がその行為をしているのかがすぐ明白になると共に、AI技術の目まぐるしい進化によって、そんな稚拙な行為はすぐに発見された。そうした違法行為が発見した時点で多大な罰金と長期の拘束になり人生を棒に振ることがわかったために、誰もそんな割の合わないことはしなくなった。

無造作に掲示されているように見えた“高札”は、すべて24時間監視のできる定点カメラとセットになっており、無人のAIが常に監視。何か問題が発生すると、いつでもダイレクトに所轄の警察署へと情報が届けられた。これまで以上に厳密で、厳粛な看板へと進化した。それは江戸時代の将軍から出されたお触れに近い効力を持っていた。

一番驚かされたのが、80歳以上でスマホを持たないシニアはすべて施設に入って頂き、施設の人間が丁寧に説明をし、投票をさせるという施策であった。一箇所一同に集める。実はその政策の裏では違う狙いがあったのだ。新しい技術や進化を妨げる存在を排除する。そのために政治であり選挙という、不定期で行われる行事、儀式を利用したのだ。

自動車はすべて全自動となり、無謀な速度超過や運転間違い等はありえない世界となった。人間は人工知能に質問をして素直にその答えの通りに行動した。疑うことをしなくなる。自由意志ではなく信じることで安心感を手に入れていた。

それからしばらくして、候補者の半数が実在しない選挙戦が発生した。人工知能によって生み出されたこの世にいない架空の人物が立候補し、QRコードで表示される顔写真もメッセージコメントも、すべてAIが作った、まさに時代に必要な政治家像であった。当選結果が出た所で選挙事務所にも現れず、モニター越しでリモートという形で参加していた。それに気が付いたのは、実際の国会が開かれた時であった。一度も姿を見せない議員が多く、違和感があったにも関わらず、その事実については数年の間封印されていた。驚くべきは発覚してからもさほど報道がされなかったことである。なぜなら、それでもこの国が良い方向に機能し、国民が納得していた結果と言わざるを得ない。

そしてこの国は不必要なモノを次々削除して行くこととなる…

     「つづく」 作:スエナガ

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