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短編:【無駄がある贅沢】

「ご存知ですか…電線って3本で1セットなんです…」
男性がゆっくり語りだした。
「電線、ってあの…空中にぶらさがっている電話線ケーブルの?」
「結構勘違いされがちですが、電線は電気などの電力と、通信電話にも使われているんです」
午後のこぼれ陽が差し込む昔ながらの喫茶店。向かい合う男女。

「そうか電話って電気の電に話すと書きますもんね。でも最近は家電話がめっきり減って…」
「それでもまだ、現役ですよね」
「3本1セットなんですか?」
「そうなんです、1本は上り用、1本は下り用」
「ああ!そうなんですね?…あと1本は?」
「もう1本は、非常時に上りでも下りでも変換ができる控えなんです」
「え!そうなんですか?」
「太く大きい電線も、街にある細い電線も、全部3本1セットなんです」
「太くても、細くても」
「災害時や老朽化の際にすぐに切り替えられる仕組みが構築されているんです。工事を行う際に取り替える方向を控えと切り替えれば止めることなく使い続けられますから」
女性が窓の外を見る。
「残念…この窓からは確認できませんね…いまは電線が無い街が増えているから…」
コーヒーを静かに飲む男性。
「ワイヤレスや地下に埋まったライフラインは、ひと目につきにくくなりましたね…」
「電線がなくなって空が見えるようになって、それでも人々の安心安全のために工夫されていたんですね」

「考えてみたら、家の電話は有線でしたもんね。それが聞く方と喋る方で別々に行き来していたワケですか…」
「その技術の発見も凄いですし、そこから無線になって、ケータイになって、いまはWiFiやBluetoothやら…」
「私は電線のある夕景とか好きですけどね…」
「でも不便は嫌でしょ?」
「それはそうでしょうけど…」
「一度便利に慣れてしまうと不便には戻れない。だからもしものために3本目の保険を用意している」
「もしものためにってホントに贅沢ですね」
「贅沢ですよね…あ、そろそろ時間だ。映画館に行きましょうか」
「いまどきサブスクだなんだとスマホで映画が観られるのに映画館というのも良いですね」
「趣味が合って何よりです…」

映画館へ向かう道すがら。
「世の中、無駄と言いましょうか、ある程度の保険がありますよね」
「保険…ゆとり…ですかね」
「知ってます?コンビニやスーパーでは常に、ロスと言う余剰を準備していて、だから価格を下げにくいんですよね」
「確かに、コンビニっていつ行っても、常に商品が豊富で潤沢に溢れていて…でもそれを無駄とは呼べないですよね…」
「当たり前のように、もしもを用意している。それでもその無駄が叫ばれて排除する動きも盛んになっている…」
「無駄とゆとりって、感じ方や捉え方で人それぞれですもんね」
「例えば映画館です。広い劇場。大音量でゆったり座れる贅沢感。ですけど、観客がまばらだったら、その場所の利用としては無駄だと感じるかもしれない…」
「それでも観客は大きなスクリーンで大迫力の体験をする」
「スマホでも同じ映像は観られますし、いまではVRで迫力も感じられるかもしれない…」
「そんなことを言ったらば、電車だって同じですよね。満員乗車の時もあれば、ガラガラな時もある。しかし運ばれる場所に行かなくてはいけない人がいるから利用している。ひとりで行くのならタクシーでも良いが安くは行けない…本当にいずれは瞬間移動もできるのかも知れませんが…」

「無駄がある贅沢がなければ、人の文化は広がらないでしょうし、無駄があることで多くのメリットを産んでくれるように思うんですよね」
映画館の劇場で2人分のチケットを購入する。
「ちょっと早く着いちゃいましたね」
「イイんです。待っている間にも、こうして無駄な会話ができますから」
「映画館で観る映画も物理的だけじゃなく、無駄と贅沢がありますよね…」
「例えば?」
「鑑賞しなければ、その映画が自分にとって良い作品なのか、観て失敗だと思うのか…」
「ああ、確かに!でもあなたと一緒に映画を観て、その時間と感想を共有して、それも人生に必要な贅沢なのではないでしょうか…」
「そうですね。“贅沢を敵”と認識するか、“贅沢は素敵”だと意識できるか。今日の映画は良い思い出として記憶に残る作品だと良いのですが…」
「無駄がある贅沢を楽しみましょう…」

     「つづく」 作:スエナガ

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