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短編:【びわの木に纏わる云い伝え】

その河川敷の堤防に近い場所に、びわの実がたわわになっていた。不思議なもので、人が手を伸ばせばもぎ取れる高さの実は見事になくなっていて、たぶん誰かが採って食したのであろう。

こういった木になる実というのは、誰のモノなのだろう。と、ぼんやり見ていたらば、小学生3〜4年だろうか、少年が木の上に登っていた。
「お母さん!これくらいならイイ?」
「その上の方にも良くなっている所があるじゃない!」
「これ?」
少年だけではなく、その母親も木の下で指示をしつつ参加しており、自然の季節の味をおすそ分けされていたようであった。

そんな少年の姿を見た時に、私も子供の頃、ご近所のお庭にあった木に登って、おやつ程度におすそ分けを頂いていたことを思い出していた。昔はびわだけじゃなく、柿や柑橘系が庭に植えられていたと懐かしく思えた。
いまの時代だと、それは窃盗になるのだろうか…

天気の良い週末に墓参りへ行くこととなり実家に向かい、午前中に墓の掃除を済ませ、みんなで蕎麦屋に立ち寄った。注文を済ませ、トイレタイムと食事が来るまでの間。河原で見かけたびわの木と、その親子の話を笑い話として披露する。

「びわの木って家の庭に植えるのは縁起が悪いのよね…」
従兄弟のひとりが口火を切った。
「なんか聞いたことがあるね」
「なんで縁起悪いんだろう?」
「ザクロはたまに聞くよね、ドクロの頭が割れて、赤い実が見えているような印象があるとか、なんとか…」
「それは違うんじゃない?何か儀式とかで、人の代わりにザクロを供えたとか、そっちの話じゃない?」
「ザクロとドクロって発音も近いしね…」
「え、それってイチジクじゃなかったっけ?」
「ていうか、びわはなんで縁起が悪いんだろう?」
「びわって美味しいのにね…」
便利な時代である。中にはスマホで調べる人が出てくる。
「あった!諸説あるということで…庭にびわの木がある家では病人が後を絶たないと言われていた!だって!?」
「え!そうなの!?」
「昔の云い伝えってエグいね」
「あ〜でも根拠としては、びわの葉って大きくて良く生えて陽当りが悪くなるから、医療や住居が整わない昔の人たちは、縁起が悪いと考えたらしいね…」
「はあ〜、云い伝えってそれなりに理由があるんだね…」
「電気の無い時代からの云い伝えだからね…」
「あと、実がいっぱいなるのに、ドンドン落ちちゃうのが子孫繁栄を気にする世代には縁起が悪いとされたみたいだね…」

「いまの時代は、食料を大事にするとか、無駄にしないことばかり気にしているけれど、なんか自然に自生している、そういった手づかずの果実とかみんなで採る企画とかやればいいのにね」
「いや〜それもどこの所有物とか揉めちゃうんじゃない?」
「そういう実を放置するから野鳥が食べて繁殖しちゃうわけでしょ?ちゃんと管理して、せっかくだったら食べてあげたらイイのにね…」
「そして実が勝手に落ちて、種が地面に入って、また繁殖して、落ちた実が腐って悪臭がするとクレームが来て、そこまで育った貴重な木を伐採しちゃうんだよね、いまの時代は…」

口々に嫌な時代になっちゃったね…と暗くなる。
「お待たせしました〜」
店員さんがそれぞれのお蕎麦を持って来る。そのお盆に小皿がひとつ。
「あ、デザート…」
「はい、びわのゼリーです。季節ですから…」
静かに全員が目を見回している。笑いそうで笑わない。
「美味しく頂きましょう!」
「旬の味だものね」

墓参りの帰りに、子孫繁栄に縁起が悪いからと、びわゼリーを食べない、なんて考えない。昔は昔、今は今。こういった不思議な云い伝えがまことしやかに混在するのが、いまの時代なのだから。

     「つづく」 作:スエナガ

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