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短編:【策士策に溺れる】

「ヒロくん、お夕飯何食べたい?」
「ハンバーグ!」
「ハンバーグかぁ…」
息子にヘルメットを着用し、自転車の後ろに座らせる。幼稚園に迎えに行った帰り道。まっすぐ前を見て家路を急ぐ母親の顔に笑顔は無い。ペダルを漕ぐ足取りも重く、早く電動アシストが欲しいと思いつつ、先にヘルメットを買わなくてはと心の片隅では考えていた。
「お肉が食べたいのかなぁ」
「お肉が食べたいけど、ママのハンバーグが食べたい!」
「ママのハンバーグかぁ…」
今日は疲れてしまって、気分的にはあまり面倒な料理をしたくない。確かに肉を丸めて、ケチャップとソースを混ぜた簡単な味付けではあり、それほど手間ではないのだが…
「餃子はイヤなの?ほら、あそこの大きい餃子」
「え〜餃子でもイイけど、ママのハンバーグな気分になっちゃったなぁ〜」
旦那の口癖でもある◎◎の気分を、最近息子が真似をしている。若干イラッとするが悪気はないのである。
「ハンバーグな気分になっちゃったかぁ…」
冷凍のハンバーグもあるが、食卓でゴネられても気分が悪い。なんとか説得して納得したメニューにしておく必要がある。迂闊に夕飯のリクエストなんて聞かなければ良かった。
「じゃあ、このままお買い物に行こうか、ね」

スーパーに入る。急に暑い毎日が続いていたこともあり、ひんやりした店内の空調で心身ともにクールダウンを図る。冷蔵庫にストックされている材料を思い出しながら、明日のお弁当も考えなくてはいけない。旦那は今晩遅くなると言っていたから、とりあえず私達の分だけで良いか。まずは肉売り場を見てみよう。
「パパの分も買うの?」
手をつないで歩く息子が見上げている。
「パパは今夜はいらないって…」
と言った矢先にショートメールが入って来る。
『会合が流れたから夕飯食べる…何かある?』
結局家で食べるようだ。
「…パパも食べるって」
空いている片手ですぐに返信する。
『大丈夫いまスーパーでかいもの中』
間がイイと言うか、悪運が強いと言うか。

夕方の精肉コーナーは、早く帰宅したい人たちで殺気立っている。
「あ、今日は豚か…豚挽き肉の方が安いなぁ」
日々変動する生鮮品の値段。朝の情報番組で鳥インフルエンザだとか、円安ドル高とか、物価高騰の煽りを食っている毎日。家計に直撃なんて平たい言葉以上に大爆発している。
「ハンバーグは豚肉なの?」
「ん…豚でも良いけど、牛肉…かなぁ」
本日、牛肉はちょっとお高い。ハンバーグ3人分。咄嗟に計算を始める。
「ねえヒロくん、餃子はどうかな?」
「え、いつものお店の餃子?」
「ママが作る餃子」
「う〜ん餃子だったら、いつものお店の大きい餃子が好きかなぁ」
誰に似たのか、強い自分の意見を持っている子供ですこと。大人には大人の、ゴネる理由が色々あるもので、価格が高かったり、どうにもやる気が起きないことだったり。

『お昼ハンバーグだったから、何でもイイけど違うと嬉しいかな…カレーとか気分かも…』
こんなタイミングで旦那の追加情報が入る。
「パパがお昼ハンバーグだったんだって!」
「え〜パパだけズルい〜」
「ズルくはないけど…カレーかぁ…」
「え!カレーなの!?」
「鶏肉かぁ。玉ねぎ、ジャガイモ、人参…」
「カレーならイイ!」
「そうねぇ…」
内心いまからカレーを作る手間が脳裏をよぎり、非常に面倒くさい。考えてみたら、ハンバーグも餃子もカレーも、買い物をして調理して、食べて洗って…ああ、面倒くさいかな…私はカレーな気分ではまったくない!

作戦を練り直す。豚肉は本日お買い得。生姜焼きならば、味付けして焼くだけで手間は少ない。しかしヒロくんが納得しないかも知れない。言い方が勝負だろう。
「ね、ヒロくん、この分厚い豚肉をステーキにして焼いたらどうだろう?」
「ステーキ?」
「そうステーキ!ケチャップ風味のトンテキにしてもイイし…」
「でもこれ、ここにカツ用って書いてあるよ?」
商品の表示というのは、ありがたくもあり、時として過剰だと恨めしくもある。いまは後者なのだが。
「別に揚げなくてもイイの!それこそ面倒だし…美味しいお肉をどう調理しようと私たちの自由なの、ね!もう…だからさ…」
「え〜なんか、ピンと来ないなぁ…」
私のプレゼン能力を恨みたい。そしてこれ以上の堂々巡りは、一層苛立ちを覚えてしまう。考えるんだ。これまで息子は何に一番喰い付いたのか。
「…ヒロくん、やっぱりいつものお店の大きな餃子にしよう!」
「え?なんでそんなにグルグルしちゃうの!?」
「それはね、ママの頭の中でグルグルしているからなのよ」
「そうなんだぁ…おとなって大変だね」
「ね。大変だよね…ハンバーグは来週にしよう」
「来週?わかった。餃子も好きだからイイよ!」
買い物かごを戻して、息子と手をつなぎテイクアウトを買いにスーパーを出る。

「…あれ、今晩はから揚げなんだ…」
夜帰宅した旦那がテーブルに並ぶお皿を見て驚いている。
「本当はハンバーグか、カレーか、餃子か、生姜焼き狙いだったんだけど、手前の惣菜屋の前を通ったら、無理しなくていいよ〜って言われた気分になってね、結局から揚げになった」
「なんかよくわからないけど…大変だったね」
「大人は大変なのよ…」
私の思惑はことごとく不発に終わり、そんな攻防戦があったことを知らない旦那と、無邪気にから揚げを頬張る息子の笑顔に救われて、今夜も何事もなかったように過ぎて行く。冗談半分で「カレーの気分だったな…」などと旦那が言おうものならば、きっとこの食卓は修羅場に変わっていたかも知れない緊張感に満ちていた。そうした戦況を察知した旦那は文句を言わずから揚げの脂を缶ビールで流し込んでいる。笑顔で食べるご飯が一番の調味料。
「僕、から揚げも好きだから大丈夫だよ!」
「そうだね。から揚げ美味しいもんね!」

『今夜何食べたい?』問題に対し、この世の中では多くの攻防戦が行われている。『食べたい者』が『食べたいモノ』に辿り着けるとは限らない。誘導がズバリ的中して円満に夜を迎えられるとも言い切れない。それでも毎晩平和な食卓を囲めるのは、日本中の策士が巧妙な奇策によって乗り切っているのかもしれない。
「でも来週はハンバーグだからね!」
「来週まで覚えていたらね!」

     「つづく」 作:スエナガ

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