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短編:【真世界食会議】

莫大な資産を持つ一部の者たちによって新たな組織が作られた。その大義は世界的に深刻化する食料難の解消だった。

「“真世界食会議”って組織がさ…」
「ああ資産家が金を出して作った食料危機回避の研究をしてる秘密結社?」
「それがとんでもないことをやっているようなんだ」
「とんでもないこと?」
取材帰りの雑誌記者がカメラを下に置き、居酒屋で酒を呑んでいる。酔いも回り、取材中の情報を頭の中で整理している。
「真世界・食会議。表向きは次の時代の食文化をクリエイトする組織だな。超一流の料理人、研究者、科学者など本当に世界的に名高る人材が数多く参加している」
「何千人もいるって噂だよな…」
「その新しい食文化の調査過程が、常軌を逸している」
「調査過程?」
「繁殖が著しく迷惑な害虫とされる外来種を研究したり、深海生物とか、爆発的に増殖する雑草とか、それらを食用に出来ないかが本分らしいのだが…」

最初に出されて手を付けていないお通しの、小皿の縁をクルリと指で撫で言葉を続ける。
「例えば、ナマコとかホヤとか、ウナギでもタコでもイイや。考えたことあるだろう?…こんな気持ち悪い見た目なのに美味い食料をよく見つけたなぁ…と」
「それは思うよね!よく手を出したとか、それを美味しく食べる調理法を産み出してくれたとか、…ホント先人に感謝するよ…」
「例えばフグだよ。毒がある。しかし部位を取り除くことで美味しく頂ける」
「多少誰かが食べて亡くなっているかも知れないな…」

先人の勇気と食への飽くなき挑戦に想いを馳せて、グビッとお猪口の日本酒を飲み干す。若干舌にピリリという痺れを感じる。徳利を傾けると中身が無い。
「オバちゃん、2合もう1本!」
「それと真世界食会議が関係あるのか?」
「…囚人…死刑囚を使ってんだ」
「死刑囚?使ってるって?」
「これまで食べてこなかった食材や、危険があるとされている動植物を食べられないか、昆虫や木の皮、石やリサイクルゴミなど…つまり新世界に残すべく、新時代の食文化を生み出せないものか…と…死刑囚を実験台にして試してるんだと!」
「なんだよそれ!?」
「食あたりが起こるかも…死んでしまうかも知れない。…逆に想像以上に美味いかも知れない。実験台として食べさせて記録を取っている」
「は〜考えたね〜長い歳月をかけて先人が試行錯誤して来た歴史を、短期間で一気に実験しているワケだ!」
「他にも、法で裁けない悪党や、海外で逃げ回る詐欺組織にも手を回しているという話もある…」

日本酒が出てくる。手酌でお猪口に注ぎ、ひとくちで呑み切る。
「最初はね、新しい美食を探求する組織、金持ちの道楽だろうと思って取材を進めてみたワケだ…」
「まあそうだろうね」
「新しく美味い食材が見つかれば世の中にも還元されて、最適な調理法まで公表される、表向きは有り難い組織なのだが…」
「死刑囚を実験台に、というのはオープンに出来ないわな…」
「それだけじゃなかったんだよ」
「それだけじゃない?」
「薬草、麻薬、麻酔、毒物、覚醒剤…生き延びたら釈放、独自の栽培ルートとして職を斡旋…そっちの分野を拡充する…」
「なに何?どういうこと?」
「食だけではなくて、裏では未知の麻薬や毒物実験も行ってるんだよ。それを見つけ出して、昔のタバコ栽培のように育てる。国の定めた禁止薬物ではない新しい植物を独自で大量に作ることで、裏社会で膨大な収益を上げる。それをシステム化する組織となっている!」
「慈善事業どころか、反社会的な組織じゃないか!?なんで国はそんなことを見逃しているんだ?」
「国内外有数の資産家が一手に出資しているからだよ。そして、その莫大で不透明な資金が国を支えている…」
「なんだよ…善悪入り乱れているってことか。しかし良くそこまで調べたな」
そう言われて記者はお猪口を見ながら不敵に微笑む。
「…そこまで知って殺害されないことが不思議なくらいだ…」
「だろ?…ただな…さっきから変な幻聴が聞こえてな…」
手が痺れてお猪口を落とす。液体が飛び散る。

「オレ、この店にひとりで来たよな?…お前ダレだ?」
目の前にいるはずのない男を睨みつけながら話をする。
「あなたの脳内に生まれた幻覚ですよ。意識の中では同僚と話をしていた感覚なのでしょうか?それとも自分の中に眠る記憶を整理するように語っていたのでしょうか…」
「さあなぁ…幻覚作用に強制自白薬、そして強い錯乱を引き起こす液体という所か…」
「残念です。あなたは知りすぎた。でもどうです?日本酒に見立てた新しい飲料の味覚は…なかなかの美味でしょ?…これも真世界食会議の研究成果です。多少は役に立つと思いませんか?…あなたはそれの良き実験台になってくれた…」
甲高い笑い声が聞こえる気がする。これも幻覚か。すでに意識が遠のいている。
「それを最初に試した先人は凄いねぇ…」

     「つづく」 作:スエナガ

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