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短編:【ここからは情報戦】

入社3年目で営業部のリーダーをしている清野さんが辞めるらしいという噂が、昼休み明けからポツリポツリと聞こえてきた。職場を去る場合、1ヵ月前までに上長に伝えるのが世の中のルールであり、退職する場合はその前迄に移る職場を秘密裏に探しておく必要がある。少なくとも彼は3ヵ月、長くとも半年前には退職を決めていたのであろう。それはまるで隠密やスパイのようにバレてはいけない内緒の動きである。

昼休み後に噂が出るのは、会社という組織の特徴で、昼休みにその情報を手にした誰かが、ご飯を食べながら話をしたのだろう。大企業でも中小企業でも同じことで、いち早く情報を手にすることが大事になってくる。

「彼がいなくなると営業部も大変だよな…」
「何か上長と意見が合わなかったらしいね」
「とは言え、ひとり辞めたって業務に支障はないだろう」
「そうでも無いらしいよ。ほら、大手案件の多くを担当していたようだし、会社間の繋がりというよりも、彼の人望、人柄だったみたいだし…」
「ヤバイな…俺もそろそろかな…」
「この職場大丈夫か?」
「確かに情報戦だな…一瞬の躊躇や判断ミスが今後に大影響を与えるし…」
「彼は次どうするんだろう、同業種に移籍かな?」
「移っても秘密保持があるから、顧客は持って行けないだろう…」

会社という狭い世間では、瞬く間に情報拡散、誰もが知る事実となる。

夕方になると情報修正が始まった。
「何か不正があったらしい」
「え、辞めたんじゃなく、辞めさせられたの?」
「あの人浮いていたし…」
「関係ないよ」
「横領?インサイダー?」
「社内恋愛に不倫?」

その夜。たまたま偶然入った家の近くの定食屋で、話題の主、清野さんとバッタリ会った。
「なんか、色々噂になっていますね?」
「ね。困っちゃうよ無いこと無いこと…」
「辞める、んですよね?辞表出したとか、クビだとか…関係ない私たちの部署まで広がって来てますよ」
「…療養…なんだよね」
「え、あ、ご両親とか?奥様とか?」
「俺独身だし。親は田舎で元気に暮らしている…自分。自分自身…」
「病気…なんですか?え、そうは見えないけど…」
「営業もそうだけど、小さい会社で派閥だの、成績がどうのって。正直、薬飲みながら働いていたんだよね」
「薬!?」
「違法じゃないよ。精神安定剤と抗うつ剤、胃の薬…胃潰瘍には何度もなったし、ついでに通風。つまりは心身共にボロボロでさ…」

案外、責任感の強い人程、ウツになりやすく、さらにバーンアウトしてしまうと聞いたことがある。通風もストレスとお酒の飲み過ぎが要因とする説が根強い。
「退職して療養して、まあ、田舎の親元に戻るかな…幸い、有給休暇がマルっと残っていたからゆっくりしながら…」
「本人に聞かないと分からないものですね…」
「みんなギリギリで生きているから、弱音は吐きたくないんだよね」
「見せないですもんね…」

「君は開発部だったよね」
「はい。まだ2年目ですけど。営業の皆さんが神経をすり減らしているのは存じていますけれど、意外と開発は開発で違うストレスを貯めてるんですよ。締め切りとか、コストとか…」
「そりゃあそうだよ。適材適所。餅は餅屋。元々開発志望だったの?」
「どうでしょう…清野さんは営業志望だったんですか?」
「仕事ってさ、なりたい職業になっている人間の方が少ないと思うんだよね。ましてや営業したい!って学生時代に思う?」
「思わないですかね…」
「この会社に入る前に2年別の会社にいたんだ。それも営業ではなく企画の方」
「そうだったんですね…」
「転職の時ってさ、小さな情報戦なんだよね」
「情報戦?」
「会社は自分達の良いことばかりを発信して、悪いことは書かないでしょ」
「最近だと、口コミなんかありますけど、あれも消せたり情報操作してますもんね」
「だから条件に合う会社にとりあえず入って、自分に合うセクションに移籍をお願いしようと思っていたんだけど、思いの外、何とかなっちゃったんだよね」
「リーダーですもんね…」
「ああ自分にはこんな職種が合っていたのかと勘違いしながら…」
「薬飲みながらだましだまし…」

「今日、ここで会って話たことは内緒ね」
「大丈夫です、社内に友達あまりいないので」
「どうせもう会社には行かないからどうでもいいんだけど…」

その夜、弊社の口コミサイトに、罵詈雑言、会社の悪い情報がアップされた。しかし、翌朝にはその書き込みすべて消えていた。

「もう助かった!」
「総務部の友達がいるって伝えてないから…」
翌日の昼食。同期の友達に昼食をご馳走となる。
「数少ない友達がアンタで良かったわ。いやたぶん直近に、清野さんじゃなくても口コミサイトを書かれちゃうかな〜とは思っていたんだけど…アンタが定食屋で会って話した内容からも、普通じゃない可能性もあるじゃない?薬飲みながら治療なんて…昨晩ショートメールもらって朝対応でも間に合った。恩に着ります!」
「まるで迎撃ミサイルみたい…会社のイメージを守るのも大変だよね…」
「これもすべて情報戦だから…」

     「つづく」 作:スエナガ

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