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時代おくれの男になりたい / 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

タランティーノ監督の2019年の映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の話をするためには、1968年のポランスキー監督作品「ローズマリーの赤ちゃん」について先に書いておきたかった。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」がモチーフにしている、ポランスキー監督の新妻シャロン・テートの殺害事件は1969年8月9日のことであり、つまり「ローズマリーの赤ちゃん」が公開されて大ヒットした年の翌年に当たる。この頃はハリウッドという映画の業界にとって、まさに New Hollywood の幕開けである。1967年に「俺たちに明日はない」、そして1969年には「明日に向って撃て!」が公開され、激化するベトナム戦争と反戦運動にアメリカが揺れていた時代だ。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」はこの世相を背景にして、"世の中の大きな流れ"に一石を投じる作品になっている。
あらすじや、映画と現実を比較するような、どうでもいい話は全て省略する。この映画の核となっていることは、主役の俳優リック(レオナルド・ディカプリオ)とそのスタントマンであるクリフ(ブラッド・ピット)が"時代遅れ"になりつつあることだ。リックはハリウッドの昔ながらの流儀に慣れた男であり、黄金期(the golden age)と呼ばれた第二次世界大戦の頃の名残のなかで活躍した俳優という設定である。それゆえに、リックの邸宅の隣に引っ越してきたポランスキー監督に代表されるような、New Hollywood と呼ばれる新たな映画の潮流に置いていかれるように仕事が減っていき、マカロニ・ウェスタンと呼ばれるイタリア製の西部劇に出演しろとエージェント(アル・パチーノ)から説得されている。ちなみに、マカロニ・ウェスタンを代表する監督の一人がセルジオ・レオーネ監督であり、この監督の作品には「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」という西部劇や、ギャング映画の傑作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」がある。本作のタイトルはタランティーノ監督によるオマージュだ。
そして、時代遅れになりつつあることに苦しみ、もがいているリックと、どこかそれを仕方のないことだと受け止めてヤクをやっている飄々としたクリフが対比されるように描かれている。古いハリウッドが新たに生まれ変わろうとしているように、街中でもヒッピーたちが既成の道徳から逸脱するような生活をし始めている。リックはそれを嫌悪し、クリフはナンパがてらヒッピーを牧場まで送ってやる。
華やかなパーティを開催してセレブたちを大勢集めているポランスキー夫妻を苦々しく見つめているリックの姿に、観客の多くは同情するだろう。なぜなら、流行に置いていかれるということは、決して本人が何かを間違えていることを意味しないからだ。世の中には常に流行があり、時代遅れの人がいる。New Hollywood と呼ばれた潮流も10年ほどで終焉を迎えたし、ヒッピーもベトナム戦争からの撤退とともに消えていき、いろんなジャンルのなかにその文化の痕跡を残した。リックが流れの真ん中に立って抵抗する男だとすれば、クリフは流れに沿って岸辺を歩いている。この対照的な2人によって、ハリウッドの伝統的な手法である buddy film (バディムービー)として本作は撮られている。
さて、僕は本作を観ながら、ラストシーンでシャロン・テート(マーゴット・ロビー)は殺されてしまうんだろうなァ、と予想していたのだが、タランティーノ監督に見事に裏切られた。銃撃戦に火炎放射器と、どうみてもタランティーノが脚本と助演を務めた「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(1996年)だ。こういうサービスを違和感なく展開して映画をサッと終える手腕はさすがである。
しかし、事実はフィクションより奇なりとはよく言ったもので、新婚のポランスキー監督は「ローズマリーの赤ちゃん」において、主人公ローズマリーが悪魔の子を産んだような演出の映画を撮り、その翌年に妊娠中の妻を殺害されてしまう。カルト教団であるマンソン・ファミリーによる"勘違い"の殺人だったのだが、こうした教団を生んだ潮流はヒッピー文化に由来していた。映画も含めて、世の中は常に動いている。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、アメリカという国が特に動いていた頃に、時代遅れの2人の男の姿を描くことで、流行ってこんなもんだよね、というメッセージを伝えている。これは最近のポリティカル・コレクトネスなどの潮流をもちろん指しているだろう。暴力や卑猥な単語など、世の中の流れに逆らうように、一貫して撮りたいものを撮っているタランティーノ監督の矜持を感じる映画だ。

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