フロンティア精神を忘れていないか / 「明日に向って撃て!」
フランスで人間という存在の不合理や不条理(absurdité)を問う考え方が戦後に流行したことは、あの国がナチス・ドイツにコテンパンにやられ、海外の植民地も次々と失ったことと無関係ではない。自由フランス軍のスパイとして暗躍していた男は「戦場にかける橋」の原作を書き、思想を営む人たちは皆、心のどこかで、寄り添うものの無さ、後にリオタールが grand récit (大きな物語)と呼んだようなものの終焉を感じていた。
そうした流れが大西洋を渡り、激化するベトナム戦争から抜け出せなくなっていたアメリカの映画に影響を及ぼした。それが New Hollywood と呼ばれる一連の作品だ。強くたくましい主人公や、正義は勝つなどの"お約束"がどんどん否定され、アンチヒーローであったり、性や暴力などの表現が露骨になされるようになった。その代表作と呼ばれる映画が1967年の Bonnie and Clyde (邦題はなぜか「俺たちに明日はない」)である。ところが、この映画はボニーの垢抜けた服装、着こなしと、ラストシーンの残酷な射殺によって当時みんなをアッと言わせたもので、向こう見ずな強盗が成敗されるという以上のものではない。
僕はアンチヒーローの傑作なら1969年の映画 Butch Cassidy and the Sundance Kid (邦題はなぜか「明日に向って撃て!」)を推したい。実在の強盗、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの人生をもとにした、フロンティア精神を感じる映画だ。とにかく明るい二人組が強盗をはたらきながら、やがてボリビアまで逃亡するというスケールの大きさもさることながら、追い詰められても「オーストラリアに行こう」などと話すような、新しい土地を求めていく姿勢がアメリカの原点なのだと分かる。強盗ではあるものの悪意はなく、アメリカの多くの観客はこの主人公たちに同情して鑑賞したはずだ。それがビジネスであれ、生き方であれ、アメリカという国はヨーロッパから見た新大陸なので、多くの人たちは"開拓者"を尊敬する。政府の番頭をして成り上がった者が新しい一万円札の顔になるような下品な国とは大違いだ。
この開拓精神が、ブッチ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)によく現れていた。まだ無名の売れない俳優だったロバート・レッドフォードは本作で一気にスターになった。それに、劇中で使用されたバート・バカラック作曲の「雨にぬれても」(原題は Raindrops Keep Fallin' on My Head)がとても良かった。僕は今でも、映画の歴史の中でいちばん好きな挿入曲だ。この映画のたたえている虚しさ、人生の儚さ、そういったものがそっくり表現されている名曲だ。
この映画から10年ほどの間にロバート・アルトマンはいくつか名作を撮り、「フレンチ・コネクション」「ダーティ・ハリー」「スケアクロウ」「セルピコ」「カッコーの巣の上で」「タクシードライバー」などが世に出た。いずれも主人公が正義の味方ではない。バカでも分かるような善悪を乗り越えようという、新しい道徳を模索するような作品たちだ。
やがてベトナム戦争が終わり、アメリカは「ロッキー」などの映画によって再び立ちあがろうとした。この New Hollywood と呼ばれた時代の映画は、アメリカの苦悩が詰まっている。だから鑑賞すると考えさせられる作品が多い。日本列島が高度経済成長などと寝言を言って浮かれていた時の話である。
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