我思ふ Pt.140 過去の古傷22

↑の続き

「たけるさん、お疲れっス。どぞ。」

「あ、すいません。お邪魔します。」

美結との甘い時間は割愛させてもらう。
理由は察していただきたい。

別に割愛しなくてもいいのだろうけど、ホニャララ小説になってしまうのでね。

私がリョウ君の家に着いたのは夜八時くらい。
今晩私を泊めてくれるのだ。
自身の交際相手の友人の彼氏(初見)を泊めてくれるとは本当にありがたいし、本当に暖かい。

余談だが、私はこの時まで一食も摂取していない。
最後に食事をしたのは夜行バスに乗る前だからちょうど丸一日何も食べていない状況だ。
だが人間面白いもので、全てが輝いて見える状況下では空腹感がまるでないのだ。
丸一日何も食事を取らなくても、煙草とコーヒーだけでも案外元気なものだ。
とりあえずまだ大丈夫だ。
サクッと寝てしまえば食わずにいられるだろう。

リョウ君の家は、大きな平屋だ。
廊下が広く、長い。
リョウ君の部屋は右奥の方だ。
両親は居ない。
なぜ居ないかを聞くのも野暮なのでそこは触れないでおいた。

「さ、たけるさん、座って座って。煙草いいスよ?コレ、灰皿っス。僕も吸いますから。」

「ん?あぁわざわざすんません。じゃ、失礼します。」

ほぉう、反社会的勢力みたいな見た目なのに随分と部屋が綺麗だなぁ。
親が掃除してんのか?
それともリョウ君が?
私が煙草に火を点けると、リョウ君も煙草に火を点けた。

やはりセブンスターはお決まりなんスね。

「美結ちゃん、凄い嬉しそうにたけるさんの事話してたっス。あの娘ホラ、鬱病じゃないですか。通院とかで学校も来れない時もあったり、リストカットとかも…結構酷い状態だったんスよ。それがね?たけるさんのバンド…?のホームページっスかね?それにたけるさん日記付けてるんスよね?それ読んでたらすんごい元気が出るって。ホント嬉しそうにしてたんス。」

リョウ君は私に言いたい事が止まらないといった様子で話してきた。

「そっか、そんなん言ってもらえるって嬉しいですよ。」

「たけるさん、凄いっスよ。ホント。」

「…。」

あまり自分自身褒められた事がないのでなんだかむず痒い。

「だって、たけるさん、人一人救ったんスよ?凄いっス。」

「俺は…何も…凄くないですよ…。」

どう伝えればいいのだろう。
リョウ君にどう言えば伝わるだろう。
今現在まで自分は何もなし得ていない事、自分は何も全うしていないという事、全てが中途半端だという事、たまたま自分が発信していた事が重なって共感を得ただけという事など。

「僕もね、たけるさんみたいになりたいっスよ。」

「リョウ君…俺は…俺はね、何もしてないんだ。自分勝手に、自分の辛さとか、自分の不幸を嘆いて、日記に付けていただけで…」

「それでも凄いんス。それでも美結ちゃんを救ったんスから。僕知ってるんス。人を救うのってめちゃめちゃ難しいんス。それができたたけるさんは凄いんス。」

真っ直ぐに羨望の目で私を見つめるリョウ君を見ていると不思議と笑いが込み上げてきた。

「フフッ…ハハハ!ありがとう、リョウ君!俺は…俺はリョウ君に救われましたよ!大丈夫です!リョウ君、リョウ君は今、俺を救ってくれたんです!ね?簡単な事でしょ?」

「へ…?たけるさんを僕が救った?い、いつ?いつっスか?」

「フフフ、分からなくていいんです。こういうもんなんですよ、きっと。人を救うって、こういうもんなんですよ。」

「なんか…照れるっス。」

「ね、リョウ君、一緒に写真撮りません?美結との出会いも嬉しいけど、リョウ君に会えたのも嬉しいんです。」

「えぇ?照れるっスよ、マジで。」

「いいから、ね?」

私はインスタントカメラをリュックから取り出した。
たくさん写真を撮りたいと思っていたので二個持ってきていたのだ。
一個はすでに空である。
二個目のインスタントカメラの封を開けると、私は煙草を消してリョウ君の隣に座った。

「こんなんで写るかな。もう少し、近く寄ろうか。」

私はリョウ君に顔を近付けた。

そうだゾ?
若い衆。
インスタントカメラだぜ?
写真が出来上がらないと実際の写りは確認できないんだぜ?

フラッシュ準備のボタンを押すと、部屋の中にピュイィ〜ンと特有の音が響いた。

「さ、撮りますよ、リョウ君。」

「は、はぁい、なんかやっぱ照れるっス…ちょ…やっぱその…」

私はリョウ君の発言を無視してシャッターを押した。

あぁ、改めて見るとホントいい顔して写っているよ、リョウ君。
お互い顔の端が切れてるけど。

二十四年後の「たけるさん」から見たら本当にいい顔だよ、リョウ君。

ありがとうリョウ君、今も元気してるかな?

それから色々話し込んでしまったから気が付けば日付けが変わる少し前だ。

明日も早い。
リョウ君から広いと聞いていた風呂にも入る時間が無い。

風呂を諦めた私は、リョウ君のベッドの脇に布団を敷いて横になった。

そして数秒もしない間に私の意識は遥か彼方に飛翔した。


続く


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