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風雷の門と氷炎の扉①

「ウリュ様…危険です…。お気を付けください!」

「こら…ヒョウエ、静かに…。」

「も、申し訳ございません…。」

禍々しい輝きを放つ門を前にヒョウエは足を竦ませた。
対してウリュはその目をしっかりと見開き、その門を凝視している。
その門は青白い光を放ち、一定の頻度で稲光を纏いながら轟音を周囲に撒き散らしていた。
高さは100mはあり、その幅も100mといったところだろうか。
両端はよく見えないが岩が折り重なり、両端から門の先へと行く事は出来ないとウリュの家にある文献には記録が残っている。
両開きの門で、材質は分からない。
中央にはヒョウエの身長以上の大きさを誇る、材質の分からないかんぬきが据えられ、絶対に開けぬという意志が伝わってくるようだ。

「ウリュ様…雷の音がいつもより大きいですが…様子は変わらないみたいです。」

ヒョウエは胸元から小さな紙の束を取り出し、その紙と門を交互に見ながらウリュに小さな声で話した。

「そうね…さほど変化は無いみたいだけど…。あ、ヒョウエ、周り…気を付けて。サンがいつ来るか分からない。囲まれたら大変よ。」

「ヒッ…そ、そうですね…。」

ヒョウエは胸元にその紙の束をしまうと辺りをキョロキョロと見回し始めた。
周囲には視界を遮る物もなく、平坦な場所で見通しは良好だ。
何か異変があればすぐに気が付ける。
そもそもこの世界は森、山、木々等は無い。
地面は岩の様に凹凸はあり、斜面、丘の様なものはあるが、視界を遮るものは一切無い。

「よし、ヒョウエ、すぐに記録して。私が周りは見とくから。」

「は、はい。すぐに。」

ヒョウエは慌てて腰にぶら下げてある巾着袋の一つを手に取った。
焦りと恐怖から手がおぼつかない。

「ヒョウエ…!早く…!」

ウリュは腰に挿している刃物に手を添えて周囲を見渡しながら小声でヒョウエに檄を飛ばす。
ヒョウエは慌てて頷くと、巾着袋の中から白い粉をひとつまみ取り何やらブツブツと念仏の様なものを唱えてパッとその白い粉を宙へ放った。
するとその粉は風に乗ること無くA3サイズほどに広がりヒョウエの眼前に留まった。
そしてカメラの様にピントを合わせるとヒョウエは小さく「ムン!」と叫んだ。
すると門の全体像がその広がった粉に焼き付けられ、写真の様になったのだ。

「ぃよし。これでよしと…。」

ヒョウエは再び念仏の様なものを唱えるとA3サイズに広がっていた粉は小さな紙状になり胸元にしまっていた紙の束の中に吸い込まれていった。

「ハハ、任務完了です。ウリュ様。」

ヒョウエは疲れた表情でウリュを見ながら報告をする。

「それくらいで何疲れてんの…。私なら連続で出来るってのに…。時間食っちゃったじゃないのよ。さ、観察終わったんだから帰るわよ。」

ウリュは周囲に目を光らせたままヒョウエに言った。
刃物から手は離していない。

「ウリュ様…」

少し焦り気味のウリュをヒョウエは小声で呼んだ。

「何よ…!急いで…!帰るわよ…!」

「お、お待ち下さい…。」

ヒョウエは胸元の紙の束を取り出し、眼前の門と交互に見比べている。
その横でウリュは美しい目をキョロキョロと動かし警戒している。
そして数十秒後、何かに気が付いたウリュが叫んだ。

「ヒョウエ!サンの気配がするわ!!ここを離れるわよ!!」

ウリュが叫んだその直後、ぷちゅぷちゅと粘着質な泡が弾ける様な音が辺りから聞こえてきた。

「ヒョウエ!!走れ!走るのよ!!」

ウリュは鞘から刃物を抜くと、体勢を低くし、もと来た方向へと走り始めた。

「うわぁ!!ウリュ様ぁ!!お待ち下さい!お待ち下さいぃ!」

ヒョウエはウリュの声に反応すると一目散にウリュの後に続いて走り始めた。
ウリュとヒョウエの両サイドに、人影が浮かび始める。
その人影は各個体がばらばらの動きでうねりだして白い光を放ち始めた。
そして実体化すると光を放つのを止め、白い人型となったのだ。
目鼻口頭髪はなく大小様々だ。
やたらと背が高いもの、その逆、でっぷりと太ったもの、やたらと細いもの、体型も様々だ。

「ヒョウエ!もっと速く!」

ウリュはヒョウエに向かい叫ぶ。
ヒョウエは奇妙な呼吸をしながらだらしがない走り方でウリュの後ろを走っている。
その時、ウリュ達がサンと呼んでいるその白い人型は片手を伸ばして一斉にウリュ達へとかくかくとした動きで歩き、襲いかかって
来たのだ。
割れた波が元に戻ろうとするかのように規則正しく、ウリュ達を中心にその隙間を埋めようと不気味に襲いかかってきた。

「うわぁ!ウリュ様!サンがぁ!いてて!うわぁ!クソ!」

サンの集団の中で小さく動きの速い個体にヒョウエは右肩を掴まれてしまった。
サンに掴まれたヒョウエの右肩から蒸気が上がる。

「ヒョウエ!!!触っちゃだめよ!!」

ウリュはヒョウエの悲鳴を聞いてすぐに振り返ると離れた位置にいるヒョウエに向かい、凄まじいスピードで走り始めた。
その間にもサンの集団は2人を追い詰めて来る。
ウリュとヒョウエの肩を掴んでいるサンとの距離が詰まる。

「ヒョウエェェェ!!!」

ウリュはギチッと歯を噛み合わせると、手にした刃物が赤くボゥッと光り始めた。
そしてウリュはその刃物を片手で頭上に振り上げると気合と共に一気に振り下ろした。
その赤く光った刃はサンを頭から股間まで貫通したかと思うとサンは頭からゆっくりと黒く変色し、ヒョウエを掴んでいた手を離して真っ二つになり倒れ込んだ。
地に倒れたサンはタールのようになり、ブチブチと泡を立ててやがて消滅した。

「あ、あ…ありが…」

「ヒョウエ!体勢直して!走るの!早く!」

「は、はい!!いててて…」

走る。
2人はひたすら走る。
ヒョウエは右肩を押さえてヨタヨタと必死に走っている。

「ヒョウエ!もうすぐ!もうすぐだから!頑張れ!ハァハァ!ハァ…」

流石のウリュも息が上がり始めた。
ヒョウエの足取りも段々と鈍くなってきた。

「ハァハァ!まだ…まだ追ってくる!クソ!ヒョウエ!もう少しでチゼよ!頑張れ!!」

数百体はいるであろうかというサンが2人を目掛けて早足で歩いて襲いかかって来ている。
決して歩く速度は速い訳ではないが、走る2人の近くから次々とぷちゅぷちゅと嫌な音を立てて地面から湧いてくるのだ。

「ヒョウエェ!もうすぐ!頑張れ!チゼまで頑張れ!」

「はい!は、ハァハァ!はい!」

「返事なんかいいから足を動かしなさい!!ハァハァハァハァ!」

チゼとはサンが侵入出来ない、所謂不可侵領域である。
深さ1m程、幅は50cm程の壕があり、不思議な事にサンはこのラインを越える事は出来ない。
横はどこまで続いているのか分からない。
その果てを見たものはおらず、文献にも残っていない。

「ヒョウエ!チゼよ!!足元を見て!」

「ハァハァ…ハァハァ…」

ウリュは猛スピードで走り、そのままチゼを飛び越えた。

「ヒョウエ!!早く!」

ヒョウエが負傷した右肩から垂れ下がる右腕をサンが掴もうとしたその瞬間、ヒョウエは心もとない跳躍を見せてチゼを飛び越えた。
ヒョウエは飛び越えた先でバランスを崩し、倒れ込んだ。

「ぐ、く…!ハァハァ…」

ヒョウエは荒い息のまま後ろを見ると、ゾッとするような光景が広がっていた。
うねうねと気味悪くうごめくおびただしい数のサンがチゼの縁で2人の方を向いていた。
視界を遮るものが一切無いこの世界で、チゼに沿っておびただしい数のサンがうごめく光景は恐ろしいものがあった。
明らかな敵意を向けてくるものが1m先でうごめいているのだ。
チゼが無かったら2人はあっという間にサンの波に飲まれてしまっていただろう。

「ヒョウエ…ハァハァ…大丈夫…?」

ウリュはヒョウエに手を差し伸べると、ヒョウエは震える左手でウリュの右手を掴み、よたよたと立ち上がった。

「面目ないです…ハァハァ…それにしても凄い数だ…」

ヒョウエはチゼの向こう側で、手を伸ばしてくるサン達を見て、ぶるっと首を竦ませた。

「傷…」

ウリュは心配そうにヒョウエの右肩に手をやった。

「だ、大丈夫です…ウリュ様。帰ったら自分で治療…します…から…」

「そう…歩けるの?」

「はい…だ、大丈夫です…。」

2人は物言わぬサンがうごめくのを背にして村へと帰って行った。
サン達は2人の気配が無くなったのを感じたのか、再び地面へぷちゅぷちゅと音を立てて消えていった。

・・・

ウリュ達が住む大きな平屋は丘の上にある。
村の中でも最も標高が高い位置にあるのだ。
これは身分によるものでもあるかもしれないが、その理由はそれではない。
最も門に近く、チゼに近い位置だ。
サンの生態がいまだ解明されておらずいつ何時チゼを突破してくるか分からない。
それを最前線で食い止める、それがウリュの家代々が背負ってきた役目だ。
戦う技術を持っているのはこの世界のこの村ではウリュの家系だけだ。
それ故村人達はウリュの家系を戦神と崇め、大事にしてきたわけである。
この大きな平屋も過去の村人達がウリュの先祖の為に貴重な木々を使いこしらえたものだ。板張りの20畳はあろうかという広い部屋の中心にある囲炉裏の様な場所でウリュとヒョウエは火を囲んでいた。

「ヒョウエ、やっぱりあなたは頭を使って私をサポートしてくれた方がいいと思う。」

「うぅ…しかし…。」

「ヒョウエ、私ははっきり言って若過ぎる。この村を統率しているのは私じゃなくて私の家系。そして実質今現在この村を統率しているのはあなたなのよ?」

「勿体無いお言葉…ですが…」

「ヒョウエ…そりゃ私だって1人よりも2人がいいわよ。でもあなたに何かあったら…」

「ウリュ様だって同じです!」

ヒョウエは少し強い口調で言うと、右肩を押さえながらウリュを下から睨み上げた。

「ヒョウエ…」

ウリュは少し呆れた様にヒョウエを見返した。

「いや、同じじゃないです!ウリュ様に何かあった方が大問題です!どちからか死ぬ時、死なねばならぬ時!そこで死を選択するのはこの私の役目!ウリュ様!村人達も同じです!それにこの村を統率してるのはウリュ様のご先祖様のお力ではありません!ウリュ様ご自身です!」

「…。」

「よく覚えておいて下さい。ウリュ様に何かあってはならぬのです!」

「…分かったわよ。それは分かった。ただ、私が判断する。あなたを連れて行くか行かないかを判断するのはあなたじゃない。この私が判断する。」

ウリュも負けじと中々の迫力でヒョウエに言った。

「はい…でしゃばった言い方をして申し訳ありませんでした。」

ヒョウエはペコリと頭を下げた。
ウリュはその様子をまるで母親の様な顔で見つめて頷いた。

「ヒョウエ、もう休みましょう。しっかり怪我を治して。明日は一緒に村へ下るわよ。皆を安心させてあげないと。」

「はい、分かりました。では…お先に休ませていただきます。ウリュ様もお早目にお休みください。」

「うん、分かった。お大事に。おやすみなさい。」

ヒョウエは肩の痛みに顔をしかめながら立ち上がると自分の寝室へと戻っていった。
ヒョウエが部屋から出るのを確認するとウリュは鼻から深いため息を吐き出した。


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次回更新予定は本日から7日後を予定しております。
筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
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