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いかにして自分がアダルトチルドレンだと気づいたか。彼との出会い編。

アダルトチルドレンというものに侵されていると気づいたのは、ある男性を愛せなくなり、物のようにしか見えなくなり、そんな時に知り合った行き当たりばったりの人の一言がきっかけだった。

10代で社会不安障害になってから常に生きづらかった。いや、既に生きづらかったからこそ病に見出されたのかもしれない。
なにかと神経質で思い込み、考え込みすぎることがあり、物理的にも精神的にも敏感で自分にも相手にも厳しさを求め、二極化思考でひとつでも許せないところを見出したら相手を切捨て、将来に漠然とした不安を爆弾のように抱え込み、しかしそれを誰にも見せなかった。
皆が求める「明るくておもしろいマナミさん」「頼れるマナミさん」「賢いマナミさん」無意識のうちに身体中を根のように蝕む烈しい思考とは裏腹に「私は大丈夫です」「私は健康な人です」「私は無害です」と周囲に過剰適応してきた。

まっとうに生きていかねばならない。
厳しく正しく生きていかねばならない。
踏み外せない。踏み外しても誰も頼れない。自分の脚で立ち上がって歩いて生きていくしかない。
そういう思考が強かったと思うし、今でも強い。私を突き動かすのはただ「私の正当性の証明」のためである。

就職のために上京し、会社の同期と2ヶ月間の研修を受けることになった。
同期は個性的ながらも良い奴ばかりだった。
もちろんだから私も「良い奴」のペルソナで過ごした。そこに”彼”が転がり込んできた。

彼は明らかにチャラそうなやつだった。
入社式に長い襟髪が光に当たると青かったのを覚えている。
眉毛も描いているらしく、よくこんな奴を採用したなと会社を疑った。

ある朝、彼が私に挨拶をしたという。しかし私は返事をしなかったのだそうだ。
私はまったく身に覚えがないのだが、彼はそれ以降「マナミさんに嫌われている」と思うようになったらしい。

研修の中で「パーソナルスペース」について学ぶ回があった。
2人1組となり、お互いがどこまで座っている椅子を近づけて話すことが出来るか、というおもしろい研修だった。
その時パートナーとなったのが件の彼である。
私は挨拶を無視したなど微塵も思っていないので、どんどん椅子を近づけてにこやかに話す。
「私は無害ですよ」のペルソナで近づいていく。
するとなぜか彼が面食らったような表情で戸惑いの雰囲気を微かに出した。
こんなにヤンチャそうな人なのに、意外とパーソナルスペースを広く取りたい人なのかしら、元ヤンぽい雰囲気あるしもっとどっしり構えて話をすればいいのに、と思いながら、もっと距離を詰めてもいいところを遠慮して少し離れたところでストップした。

「マナミさんがこんなに近づいてくるとは思ってなかったです、おれ嫌われてると思ってたから」という感想を聞いて、私には疑問符しかなかった。被害妄想の激しいメンヘラヤンキーなのだろうか。
「入社式に青い髪で来るやばい奴だとは思ってたけど嫌いとまでは思ってないよ」
「だって挨拶、無視したでしょ」
「してないよ?なにそれ?」

パーソナルスペースの研修以来、彼はよく私に絡んでくるようになった。まるで学生のようにちょっかいをかけてくるのである。
食べるのが遅い私は休憩時間にお昼を買いに行く時間がもったいなく、いつも弁当をつくって持参していた。
すると「俺にもお弁当つくってきて」と言う。
なんて懐に入るのがうまいやつなんだ、羨ましいと思いながら私は2人分の弁当を作るようになった。
ただ食べるのは別グループだった。
誰に弁当つくってもらったんだと周囲に冷やかされれば「きれいなおねーさんからつくってもらった!」と彼は誤魔化した。上司がその弁当を覗き込み「魚のおかずなんてすごいなぁ」と褒めたのを見て、私の弁当も覗き込まれたら厄介だなあと隠すように食べた。

当時私は別の人と一緒に住んでいた。
私が上京した直後に「家が見つかるまで住ませてくれないか」と福岡から上京してきた同い年の男性だった。
彼は夢日記「カレル」8階の部屋の住人である。
まさかの展開だったが、慣れない土地で初めての一人暮らし、顔を知っているという人が来ると言うだけでどこか安心していた。

しかし安心したのも束の間、家が見つかるまでと言うので、2週間くらいで出ていくものだと思っていたら、彼は当たり前のように居着くようになった。
同期の彼はその男邪魔だな、としきりにうとましがった。
ただ別に私はだれとも付き合っていなかった。
だれに対しても「良い奴ですよ」のペルソナで向き合った。


上京してきた男は私がつくったごはんを当たり前のように食べ、実家から送られてきたお菓子を無断で食い尽くし、私が勉強していても大音量でNetflixを見、しまいには夜中に帰ってくるようになった。こっちは朝早くてもう寝ているというのに、起きて解錠するまでおかまいなしにインターホンと電話を鳴らし続ける。
「私は良い奴です」の仮面が剥がれ落ちた瞬間だった。

彼は至極当然のように夜中に部屋へと帰り着き、シャワーを浴びている。
私は待った。彼がシャワーから出てくるのをじっと待っていた。
暗闇に差し込む街の明かりだけが私のシルエットを浮かび上がらせた。
そして彼がシャワーを浴び、上気して部屋に入ってくると、仄暗い部屋に起き上がっている私のシルエットに怯み、後退りをした。

「おまえ」

この男に対してこれまで「私は大丈夫です」「私は優しい人です」を貫き通してきた仮面に亀裂が走る。

「おまえ私のこと舐めとんか?何時やと思っとるんじゃこのボケが」

「はい…」

「はいじゃねーちゃおまえ舐めとんかって聞いとんじゃ」

「正直舐めてました…」

「つぎ夜中に帰ってきてみろ、こっから荷物全部投げ捨てちゃるけぇの、ええか」

「はい…」

そこからこの男性は粛々と暮らした。
同期が部屋に遊びに来るからどっか出といて、と言うとおとなしくネットカフェへ出ていった。

そもそも最初はテニスのコーチになると言って面接まで受けに行ったはずだが、部屋に落ちていたメモ帳からなんだか不穏な気配を感じた。
オレオレ詐欺のようなことをやっているのではないか。

晩御飯のときに切り出してみた。
「ねえ、いまなんの仕事してんの」
「知り合いの人がいてコールセンターの仕事してる」
「コールセンターってなんの?詐欺みたいなことしてないよね?」
そこまで言うと自然と涙が溢れてきた。不甲斐なかった。1ヶ月近く一緒に暮らしていて彼の不穏な動きに気づけずうまく諭せない自分とその男性をゆるすことができない自分が。
「俺のために泣いてくれてんの?」
それは分からなかった。

ほどなくして彼には出ていってもらった。
何か問題があって家に警察でも来られたらたまったもんじゃない。

そしてそこに同期の彼が転がり込んできた。
私はまた新しくデータを更新した「無害ですよ」「安心してください」「良い奴ですよ」のペルソナを装着し、同期の彼との生活をはじめることにした。


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