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マーケティング調査の重箱の隅|其の弐

マーケティングリサーチにある程度関与する人が、誰でも一度は考えたことがあることについて、つらつらと書いていくシリーズ。前回「其の壱」として公開してみたらそこそこ反響があったので、いい気になって第二弾を書くことにした。割とマニアックな内容になりますがご容赦を。

▼第一弾はこちら

調査を仕事にする筆者が、調査設計時に意識すること(そして正解がなくて時折頭を悩ませること)について、このnoteでも時々書いていきたいと思う。

マーケティング調査の重箱の隅|其の壱 より

選択肢はどこまで増やしていいか?

アンケート調査の設問を考える際に、必ずぶち当たるのが選択肢(カテゴリ)の数の問題だ。カテゴリ数が多くなりがちな設問項目としては、情報源(接触チャネル)、動機・理由を問う設問、重視点、ブランドイメージなどがある。多様な要素を網羅しようとすると、あっという間に20カテ、30カテの設問が出来上がる。

調査票をそのまま(チェックを通さずに)クライアントに提示してしまうと、逆に先方から「選択肢が多い気がするんですが、ちゃんと回答してもらえるんですかね…?」とフィードバックをもらうこともある。さらに「一般的に選択肢はいくつぐらいが適正なんですか?」と突っ込まれることもある。この問いに対して明快に答えられず頭を悩ませるリサーチャーも少なくないだろう。

「選択肢が多すぎて選べない」という心理は有名な「ジャムの法則」で説明される。例えば、ジャムを買いに来た客に「6種類のジャム」から選んでもらう場合と、「24種類のジャム」から選んでもらう場合、どちらの方が購買率が高いか?

答えは「6種類のジャム」。一見、選択肢が多いほど購買確率は上がりそうに感じるが、24種類の中から一つを選ぶのは負荷が高く、「多すぎて選べない」、最終的には選択・購買そのものをやめてしまう。

6種類のジャムから選ぶ時の購入率は30%、24種類から選ばせると購入率は3%まで下がる、といった例で説明される(ジャムの法則)

アンケート調査でもこの法則は多々見られる。カテゴリ数があまりに少ないと答えづらくなるが、多すぎても回答負荷が高くなり、最悪の場合「テキトーに答える」という現象が発生する。では選択肢はどこまで増やしていいのか?

これは筆者の経験則でしかないが、20カテ付近が上限だと思っている。事実系の設問、例えば「◯◯についてよく見聞きする情報源」だったら百歩譲って30カテ近くても「TV」「検索サイト」「Instagram」「電車内広告」を何とか探し当てて答えることもできるだろうけど、理由や重視点、イメージなどの意識系の設問で20カテを超えてくると、それぞれの選択肢を吟味し回答することがかなり面倒になってくる。結果「特になし」を選ぶか、適当な選択肢をチェックして設問を回避してしまう人が一定数いる。

ありとあらゆる要素をモレなくダブりなく(MECE)カバーしようとする設計者の心意気はわからなくもないが、24種類のジャムのように選択肢をドバっと展開することは避けられるなら避けた方がいい。その方策として、実査の前にはプレテストを実施し、チェック・ブラッシュアップすることを推奨する…などと教科書には書かれていたりするが、実務上そんなことしている余裕がないケースがほとんどだ。

この辺りの感覚を養うひとつの方法としては、リサーチャー自身もどこかのアンケートモニターに登録して、いち対象者として様々なアンケートに答えてみるのがお勧めだ。回答しにくい調査票がどんなものか実体験として理解しやすくなる。


マトリクス設問はどこまで許容されるか?

一般的にWEB調査会社の費用体系はサンプル数と設問数に依存する。そして(これ自体に賛否がある気がするが)マトリクス形式の設問は10項目で1問換算、といった費用体系を敷いている調査会社がほとんどだ。同じ選択肢を提示する設問が連続するなら、当然のように設問数(費用)削減のためマトリクス形式を選択することがある。

この時、リサーチャーが直面するのは、前項にも関連するが、マトリクス設問の回答負荷がどの程度か、つまり何項目×何カテまでならちゃんと答えてもらえるのか?という命題だ。

前項で述べた「20カテ付近が上限」という現場感覚は、あくまでもマトリクスを前提としないSA、MA形式に限った話(というかMA。SA20カテってあまりお目にかからない)。20カテまでOKなんでしょ、だったら20項目×20カテのMAマトリクスはOKってことでしょ、などと思わないでほしい。実際に画面を見てもらえるとわかるが、20×20、しかもMAマトリクスはかなり鬼だ。

容赦ないMAマトリクスの例(これが答えやすい調査票と思えるだろうか?)

マトリクス形式は、設計者にとって関係性を論理的に表現する上では理解しやすいのかもしれない。ただ、それがアンケートの対象者にとって「回答しやすい」かどうかは全く別の話だ。それまでしっかり答えていた人が、この設問形式に出会った途端、回答が「テキトー」になるケースは多々見受けられる。

マトリクスは慣れていないと、また物事をめちゃくちゃロジカルに考える思考術が身についていないと、基本的に訳がわからない代物だと思った方がいい。横方向に回答してください、などと言われても、アンケート慣れしていない人には何のことやらさっぱりわからない。これはこれ、こっちはこれ、と一所懸命チェックを入れたにも関わらず、「次へ」を押したら「◯◯が回答されていません!」とエラーが出てゲンナリ、もはやそのアンケートに回答する気力をなくしてしまう人もいる。(ちなみに筆者の妻がそんな感じ)

この「マトリクス問題」に関してはWEB調査が一般化する頃から業界的にも課題意識があり、「全部同じ選択肢だけど間違いない?」とアラートを出してみたり、「ストレートチェック」として、全部同じ選択肢で答えた対象者を集計対象から外してみたり、トラップ項目(ここでは一番右の選択肢をお選びください)を設けてみたり、様々な不正回答を防ぐ工夫を取ってきた。だが、そこは本質ではない。回答しにくいものをわざわざ設けてしまうことに真の原因がある。

筆者の感覚値になるが、アンケート慣れしていないユーザーがまともに答えられるのは、SAマトリクスなら概ね5×5、MAマトリクスなら3×10、あたりが限界だと思っている。マスの数でいったら30前後。調査設計者にとっては苦しい制約だが、回答精度が落ちるくらいなら多少費用が上がったとしても、最初からマトリクスを使わない設問構成にした方が良い。(この辺りはリサーチャーだけでなくクライアント側にも理解していただきたい部分だ)

ちなみにマトリクスはスマホとの相性が抜群に悪い。限られたスマホの縦画面では巨大マトリクスの全貌が一覧できず、回答精度が極端に落ちることになる。調査会社によっては、スマホ画面ではマトリクスを表組みの状態ではなく1項目ずつ選ばせるような画面構成を実現できる場合もあり、これは比較的正しい方策だと思う。1問1答がアンケートの基本なのだ。


設問数は何問まで増やしていいか?

ここまで来たら究極の命題、一つの調査は何問で構成するのが適切かという疑問にも言及してみたい。回答誤差を最小限にするには、設問そのものがシンプルであり、設問数も少ないほど良い、ということになる。だからと言ってたった数問の調査ではその目的を達成するにはあまりに情報不足かもしれない。特にクライアントは1回の調査であれもこれも聴きたくなるから、必然的に設問数は増えていく。予算に制約がなければいくら増やしても構わないように思えてしまうが、ここはやはり対象者の回答負荷の観点から考えたい。

最初に断っておくが、「何問まで増やして大丈夫ですか?」という問いそのものが、一種のボタンを掛け違えている可能性がある。そもそも調査はその目的を達成するために行うものだ。目的達成のために3問で事足りるなら3問が最適だし、どうしても100問が必要ということなら100問の調査票が最適ということになる。とはいえ、アンケート調査(特に手軽に答えられるWEBアンケート)で100問というのはあまりに常軌を逸するだろう。(調査そのものを分割した方が良いことは言うまでもない)

その前提は理解した上で、さて、設問数は何問以内に抑えるべきなのか。筆者の経験でも、この問いがクライアントから投げかけられるケースはかなり多い。せっかく費用を出してやる調査。費用的に許容範囲ならできるだけ色々なことを聴きたい。その結果、20問が30問になり、30問が40問、50問になり、あれよあれよという間にボリューミーな調査票が出来上がる。そこで初めてリサーチャーは「あれ、こんなに増やして大丈夫かな?」と不安になったりする。

大丈夫ではないのだ。どんな調査票でも(WEBでも紙でも)対象者には回答疲労が付きまとう。紙の調査票ならその厚さから何となく想像がつくからまだマシだが、WEBで40問とか50問とかの調査はかなりヘビーだ。それこそ事前にプレテストまでいかなくても、自ら対象者になったつもりで回答してみたら良い。まだ続くの?と途中で嫌になるのが正常だ。

筆者が駆け出しのリサーチャーだった頃、クライアントから問いかけられた際は、「経験的には30問前後が上限と考えています(た、たぶん…)」みたいな感じで答えていた(そんなに経験ないのに)。まだスマホのない時代(PC回答が前提)のWEB調査だ。その設問数の一部には回答負荷の高いマトリクス設問(また出た)も含まれていた。色んな人が設計した色んな調査票を見て、何となく30問ぐらいの調査なら聴きたいことを概ねカバーできそう、というだけの理由だった。

現場感のあるリサーチャーならわかると思うが、マトリクス含めて30問って、けっこう多い。調査慣れしたアンケートモニターでも恐らく多いなーと感じるレベル。モニターではない一般ユーザーに対してこれを最後まで答えさせるのは至難の業だろう。よっぽど魅力的な謝礼を積まなくてはなるまい。(いやそれでもキツイ)

特に現代のネットリサーチは、スマホで回答する人がほとんどだ。PCでもスマホでも回答負荷は同じではないかと思われがちだが、スマホユーザーは「電車移動中の隙間時間にサクッとポイ活」みたいな形でアンケートに向き合うことが多い。PCの前に座ってじっくり答える従来のアンケートモニターとは訳が違う。ネットサーフィンで画像が表示されるまでの10~20秒を我慢できていたのは遠い昔。1秒足らずでその動画を見るか飛ばすかを決めるのが現代の生活者だ。

そんな時代背景も考えると、概ね許容されるのは、1~2問のマトリクス(無論、前項で書いたような小さめのマトリクス)を含めたとしても、10~15問の範囲が精一杯ではないかと推測している。逆に言えば、それだけ調査課題・目的を絞り込まないと調査として機能しない時代になったということだ。優先度の低い項目は断固として削らなくてはならない。それに通常の調査なら、目的達成に必要な項目を絞り込めば大体その範囲に収まるものだ。(もちろん例外もある)

ちょっと長くなったが、それだけ設問数上限の問題は闇が深く正解がない。ただ最初にも書いた通り、調査目的の達成に必要十分な調査票を設計できるかどうかがリサーチャーの力量でもある。あまりこだわりすぎるのも良くないが、デバイスの変化や対象者のリテラシーの変容なども踏まえた設計を心がけたい。「正解はなくても最適解はある」が、リサーチャーが持つべきマインドであり職業哲学だと筆者は思っている。


まとめ

今回に限ったことではないが、対象者の回答負荷を考慮するというのは重要な視点だ。調査は協力者がなければ成り立たない。協力者に必要以上の負荷をかけることは回答誤差を大きくすることに繋がり、結局自分の首を絞めることになる。リサーチャーは、生活者の声なき声を代弁する素敵な仕事。調査設計者である前に、生活者の一人である認識を忘れてはならない。

とまあ、偉そうなことを長々と書いたが、現実問題として30問の調査票を作らざるを得ないという苦悩を今日も抱えています(苦笑)


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