インタビュー調査の分析入門〜分析の手順
「科学的である」であるということは「再現性」があるということです。そのためにまず必要なことは「方法・手順を一定にする」ということです。同じ対象を分析する際に、その手順、そしてその根拠となる理論体系を同じにしなければならないわけです。
それがそもそもバラバラでは、結果に再現性などがあり得るはずがありません。というか、手順においてすでに科学的であることから逸脱しているわけです。
ところが、世間一般の定性調査ではその分析手法、手順が定まっていません。それが故に「定性調査は非科学的」であるとか「結局は分析者の主観だ」という批判がよく聞かれます。下図は調査会社社員に対して目にするインタビュー調査の報告書のイメージを設問した調査結果です。下位に注目ですが、関係者ですら「科学的」であるとは言えないものが横行しているということです。
マーケティングとはそもそも再現性を持ったシステムづくりでもあるわけですから、その手がかりとなる調査分析が再現性のないものでは困ってしまうわけです。同じ素材であるならば、違う人が分析をしても、結果は同じになるということがこの場合の再現性です。
同じ調査の「グループインタビュー調査の成功のポイント」に関する認識のグラフもご紹介します。これを見ると結局、「モデレーター」と「対象者」頼みの属人的な認識が持たれている一方で、「分析の方法」は極めて軽視されていると言ってよい結果です。これでは再現性など担保されるわけもありません。
本シリーズでは今までに定性調査の固有の価値、即ち分析の観点を「具体化」と「構造化」として論じてきました。本稿はその観点での「定性調査のあるべき分析手順」を下図を手がかりに述べてみたいと思います。
調査前の時点では、我々の目の前に広がっているのは得体の知れない「カオス」です。中に何があるのか、どんな成り立ちをしているのか、「ある」ということ以外には何もわからない「暗黒大陸」とも呼べます。
最初に行われなければならないのは、それを詳らかにしていく「具体化」です。生活工学的観点での生活者調査において、それは、調査課題に関係する「生活体験」を明らかにするということです。いつ、どんな状況でどんな行動や意識があったのか、そこにはどんな事物が関係していたのか、それを時系列の流れの中で捉えていくことです。前々回にも説明しましたが、特に抽象的に表現されがちなことについて、それは必要です。そしてその中には、商品・サービスの消費に際してどんな感覚を持ったのかという人間工学的観点の体験も包含されています。
つまり、具体化というのは、実はすでに実査の時点で始まっている行為なのです。さらに実査後には、記録を確認しながら、言葉になっていない部分の推測も混じえ補い、その生活体験を言葉で再現していく作業を行います。言葉にしないと、共有できないからです。
定性調査とは「意見」を求めることだと勘違いされている向きが多いのですが、生活体験を明らかにするということは、意見を求めるということではありません。これは非常に重要なことですが、意識マトリクスで説明できるように、意見を求めるとS/C領域に侵入してしまい真実を見失います。調査で把握されるべきなのは「意見」ではなく「事実」です。しかし「意見」というものは訊き出さないようにしていても、自然に出てくるものです。アクティブリスニングの中で自然に出てくる意見は、それが生活の中で感じられたことであるのならばそのような意識を持った生活体験として取り扱います。一方で調査場面の中で感じられたことであるのならば、そのような意見を持った背景にある日常の生活体験を確認するようにします。もしそれが特に無いというのならば、調査場面での単なる思いつきや、聞かれたから答えた粗雑な合理化の結果にすぎないことであると判断します。その識別が必要なのです。
これはインタビュー調査の技術として相当に高度で難しいことを言っているのでいずれ別に説明したいと思いますが、例えば、実査の場面でのコンセプトやパフォーマンスの評価についても、それを「意見」として捉えるのではなく、日常の生活体験の延長としての実査場面での「意識体験」として捉えるということです。つまり「日常の生活の中でこんな体験をしているから、実査の中で提示されたコンセプトやパフォーマンスに対してこんな意見(意識)を持つに至った」という体験的な事実として捉えるということです。
次に行うのは、「要素化」です。これは生活体験のナラティブとして具体化された事実を、調査課題の観点で解釈しながら、意味のある最小限の要素にまで切り刻んでいくことです。例えばニーズ抽出が課題の場合は、生活体験を様々なオケージョンで切り刻み、そのオケージョン毎に発生している行動を喚起しているニーズを解釈し、個別に取り出すことになります。ある態度決定の要因抽出が課題の場合は、その態度に至るまでの生活体験を時系列で切り刻み、態度とその変容に影響を与えたと考えられる個別の要因、例えば、広告や商品の特徴や、生活の状況、及びそれらの影響の結果として現れた反応などを、個別の要素として取り出します。
要素化は分析作業の核心部ですが、具体化ができていることが必要条件です。なぜならば、具体化されていないと切り分けようがないからです。
次に行うのは「構造化」です。これは要素化されて最小限の意味ある情報に切り分けられた各要素を関係づけて行く作業です。「関係づける」とは、各要素の間に論理関係を見出すことです。それには「因果」、「対立=葛藤」、「例示」、「類似」、「並列」、「目的ー手段」、「時系列」などがあります。
論理で関係づけるのは、扱うデータ、素材が数値ではなく「言語」だからです。定量調査の場合の数値の「比較」に該当に該当する行為だと言えるかもしれません。
この作業を行う目的はすでに別稿で説明したように「メカニズム」を捉えることにあります。それは、調査課題によって、心理と行動のメカニズムであったり、態度形成のメカニズムであったり、あるいはニーズ発生のメカニズムであったりします。
そこには、調査する前には気づかなかったメカニズムがあるはずです。純粋に論理関係で構造化していくと、常識や通念を超えたメカニズムが見出されるものです。それがあるからこそ、カオスは理解しがたいカオスであったわけです。例えばよくある例は「〇〇家具理論」でも紹介したような「高いから買わない」などと粗雑な合理化を信じ込んでいるような場合です。それではと安くしても売れない。しかし、構造化をしていくと、「高いからこそ」、「接客があるからこそ」〇〇家具を利用している、といったことが見えてくるわけです。
最後に行うのは「発見・統合化」です。これは哲学では「総合」と呼ばれる作業のようです
この作業は、調査課題・目的に応える形で、調査対象の生活者の意識と行動をその矛盾もひっくるめ、「一言で」表現しようとするものです。「つまり、こういうことなのだ」ということでもあります。
そもそも調査を行わなければならないのは、直面しているマーケティング課題に対しての答えがみつからないからです。その答えがこの部分に凝縮されるわけです。もともと答えが見つからなかったことなのですから、そこには必ず「気づき・発見」がなければなりません。そのために調査を行うのです。「一言」である必要があるのは組織内でそれが共有されなければならないからです。
これはカオスであったことを具体化、要素化、構造化のプロセスを経て組み立て直した結果、そのカオスだったことが一言で表現できるようになるということです。その意味では、一旦具象化されたことを再び抽象化するということにもなります。但し、それは一般化ではなく、その現象特有の特徴が表現されている必要があります。
このプロセスの間、脳はフル回転しています。「脳梁マーケティング」としてご紹介済みですが、言葉でとらえられた生活体験を、一旦イメージに転換し、それをあたかも観察するようにして観ながら、言葉になっていなかった部分の言葉を補って再び言語化するという作業を行うわけです。
以上が定性調査、インタビュー調査の分析手法概論です。