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「意識マトリクス」入門~弊害の実例=1つの会社を潰すほどの問題

前回までに「意識マトリクス理論」に基づいて、インタビュー調査においてタテマエ、ウソ、沈黙を生んでしまうS/C領域への侵入の基本的な要因はアスキングを行っていることにあり、その原因は、そもそもインタビューフローがアスキングをせざるを得ないものになっているからであるというお話をしました。しかし、この侵入というのは、インタビューフローに気を付けていても、ついつい容易に起きてしまいます。

その典型は、商品コンセプトや試作品に関するインタビューにおける、「いくらだったら買いますか?」という質問です。しかし、対象者はその商品を買った経験はありませんし、欲しいと思った経験もなく、その場で初めて目にしたり、口に入れてみたりしたものに過ぎないわけです。つまり、冷静かつ客観的に考えて、その人はこの商品を「いくらだったから買うのか」などということについては無意識であり、答えられるはずがないわけです。特にその商品を欲しいとも思っていない場合にはなおさらなのですが、「買わない」と言う人に対してほど、この質問がされてしまうわけです。商品の特徴や仕様について「どうだったら買いますか」というのも同様です。

しかし、インタビューの場では「暗黙の強制」によって、そのような質問に対しても、大したためらいもなく回答をしてしまうわけです。その典型が「安ければ買う(かもね)」というものです。これは「タテマエ回答」の代表選手です。もう少し高度なものは、自分が知っている類似の商品の価格を引き合いに「それより安ければ買う(かもね)」というものです。

調査現場でのこのような言動を分析しますと、前回も述べたようにS/C領域に踏み込まれたために、善意でC領域の一般通念や常識を脳が「検索」し、それを口にしているに過ぎないわけですが、そもそも、それは本来答えられない質問をしたことに端を発しているわけです。この場合は、「どうだったら買うのか」に対して、最も安易に見出される「安ければ買う」という通念を見つけて答えているわけです。

このような行動を油谷先生は「粗雑な合理化」と呼ばれています。よく考えることなく最も手ごろな理屈で辻褄合わせをするわけです。「粗雑な合理化」は、特に、「やらない理由」を問われた時に発生するように思います。買ったことがない商品や、行ったことがない店について、「なぜ買わないのか?」、「なぜ行かないのか?」といった理由は、何か特別にネガティブな体験をしたことがあった場合以外には意識されてはいませんから、自分の知っている知識や通念に基づいて回答をしてしまうわけです。

数年来にわたって親子喧嘩を続けた挙句に、お父さんは第二の創業を成し遂げ、娘は退任に追い込まれた某有名家具店「O家具」を例に考えてみます。これは実際の調査に基づいた話ではなく、あくまでも報道されている情報を根拠に「思考実験」を行ったものです。

この業界はセルフ形式の低価格商品を扱う大型店がシェアを伸ばしていた一方で、高級な婚礼家具などを扱う旧来の接客型の店舗は不振に陥っていました。O家具がまさにその典型であったわけです。地味婚が一般化し、婚礼家具を買いそろえるという習慣が廃れたことがその理由と考えられます。そこで、父親から代替わりをした娘は「セルフ大型店を利用する客はなぜ当店には来ないのか?」と考え、その理由を探ります。ここで自店を利用しないお客に「なぜ当店を利用しないのか?」という「アスキング」観点で調査をした可能性が考えられるわけですが、アンケート(アスキング)をしてもインタビュー(ほとんどがアスキング)をしてもおそらく「アスキング」である限りは、「商品の価格が高いから」と「接客が煩わしいから」という回答が多かったことだろうと思われます。一般に知られているO家具の特徴はまさにその2点であるからです。対して、自分たちが利用している大型セルフ店は「値段は手ごろ」だし、「セルフで自由に選べる」が特徴です。しかし、その結果を鵜呑みにして、扱い商品の価格帯を下げ、接客を止めたところが、大型セルフ店を利用していたお客を取り込むことはできず、それに加えてそれまで利用してくれていたお客も離れていったという結果を生んだわけです。

この家具店の業績が不振だった原因は、「婚礼家具を買いそろえる」という伝統的な生活習慣が変化したことにあったと考えられるわけですが、この回答をした人たちの多くは、婚礼家具を買いそろえる機会は体験しておらず、あったとしてのその後、この家具店を利用する機会はほとんどなかったことでしょう。なので、自分の知っている知識、情報に基づいて、「粗雑な合理化」をした結果、このような回答をすることしかできなかったのだと考えられます。

一方、父親の方は長年売り場に立ってお客と直接接してきていたことから、自分の店の強みが、「婚礼」、「新築」、「開業・開店」などの機会に生かされることを知っていたと考えらます。未だ体験していない新たな住処や店での新たな生活において、どんな家具が必要なのか、便利なのか、の知識を接客に求めるお客が来てくれているといったことや、その状況では「新しい家や店に入れるのだから、せっかく買うのなら長持ちするもの」といった価値観があることを肌身で知っていたはずです。その証拠に父親はあるインタビューで「他店がライバルだと思ったことはないし見に行ったことすらない。他店を利用するようになったお客さんも必ず当店に戻ってくるからだ。」ということを言っています。つまり、他店とは利用されるオケージョンやニーズが違うことを身体で理解していたし、そのようなオケージョンやニーズに合わせた経営をしていたのです。住んでいる家の模様替えやちょっとした家具が追加で必要な時には自分でどんな家具が良いのかの判断ができます。すなわちセルフの方が便利です。しかしそのような場面ではセルフ店やホームセンターなどを利用していても、子供の婚礼家具を買いそろえる時や、家を新築した時には丁寧な接客でアドバイスをしてくれるO家具に戻ってくるということを知っていたのです。生活習慣の変化は父親を一時期迷わせたのだと思いますが、結果として、新規開業・開店・改装などのオケージョンにフォーカスした業務用商品を扱う業態の新会社を設立し、軌道に乗せ、その後再び個人客も相手にするようになりました。繰り返しにになりますが、父親がこのように第二の創業を成功させたのは、売り場で接客をしながらお客さんの話を親身になって聞いていた(リスニングしていた)ことで、自分の店が利用される機会やニーズへの理解が身体に染みついていたからだと思われます。

売上不振にお悩みのクライアントからは「なぜ買わないのかを調べてほしい」というオーダーをもらうことが多いのですが、上記の理屈を「O家具理論」として紹介し、買わない理由よりも「なぜ買うのかを調べる」ことをお勧めすることが多いわけです。事例が長くなりましたが、このように「アスキング」のインタビューは企業に致命的なダメージを与えることすらあるわけです。

一昨年のことでしたが、自分はアスペルガー症候群だという人にインタビューをする機会がありました。これは「先進的な生活者」というテーマの下、きわめて「とんがった」人たちの話を聴きたいというクライアントの要望で実施したものです。対象者リクルートは10万通のメール配信をして1万のアンケート回答を得た中で条件合致者が20名もいなかったという、極めて特殊かつ厳しい条件でした。あえてアスペルガーの人を調査対象者条件にしたわけではありませんが、対象となった人の中にアスペルガーの方がたまたまおられたわけです。もちろん事前にはそれはわかってはおらず、自己紹介の時にそれを自らおっしゃったことで発覚したので、私も多少慌てたくらいです。通常、そんな「特殊」な人はインタビュー調査の対象にしてはならないわけです。このインタビューの時も、この人の話は大変興味深いものではありましたが、一般人の理解や共感を遥かに超えるものであって、決して「マス・マーケティング」の参考になるものではありませんでした。「アスペルガー」なので「忖度せず」に言いたいことを言われたということもその一因ではあります。つまり、この方のインタビューは通常の場合7割の「タテマエ」に隠されている3割の「ホンネ」がモロに出てくるという極めて貴重な体験であったわけです。

その例ですが、アニメオタクのこの方がイベントに行った体験を話された時のことです。同じようなオタクが集まって、日常生活ではする相手のない「特殊」な趣味の話をしていると「一体感」を感じるということでした。ところが、担当していたインタビュアーがその時「その”一体感”ってどんな感じなのか、具体的に説明してください」と、ついうっかり「アスキング」をしてしまったわけです。

それに対して、この対象者は何の忖度も躊躇もなく、「一体感は一体感でしょ。それが説明できたら心理学者ですよ。」と、多少憮然としながら言い放たれました。

これを聞いた時、私は目先の調査課題を忘れ、「今日は良い勉強をさせてもらった」と心底感謝しました。確かにその通り、ごもっともです(笑)。対象者は「一体感」という言葉しか思いつかないので「一体感」と言ってるわけですから、この質問は、正にS/C領域に踏み込むものです。そこで気づかされたわけですが、こういった「ミス」は実は日常茶飯に発生しているということです。しかし、通常は、それに対して「タテマエ」で対応してもらえるので、その場が何事もなかったかのように経過していっているだけだということです。当人たちもそれが実は「話せない」ことであるとは思いません。ところが、そこで話されたことが「O家具理論」のように、ミスリードを起こす可能性は少なからずあるわけです。

さて、この時の対応がこれから先の話につながってきます。私はその時、即座にインタビュアーに対して、「言葉の説明をしてもらうのではなく、前後を含めてその時の体験を具体的に、つぶさに、してもらうように」という指示を出しました。すなわち「具体的な体験談をしてもらえ」ということです。この時はコロナ禍以降増えたオンラインインタビューでした。その大きなメリットの一つである、インタビュアーと管理者が同じ空間(部屋)に居られて迅速に意思疎通ができるということを最大限に生かしたわけです。

自分の感じた「一体感」がどんなものなのか、別の言葉で説明するということはS/C領域であるがゆえになかなかに難しいわけですが、自分のした体験ならいくらでも話せるわけです。これは、体験談はすべからくC領域にあるということです。C/S領域にあるこの具体的な体験を知ることによって、彼の言う「一体感」の定義をこちらが推し量ることができるわけです。

この事例は対象者が極めて特殊な故に顕在化したわけですが、このような問題は実は日常茶飯に潜在的に起きていると申しました。実は、ここにインタビュー一般の極意、神髄が隠されているのです。

次回はこの「体験談」から「推測」するというプロセスについて説明したいと思います。



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