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(小説)ごめんなさい 9


最初から

まえのやつ


**注意**
モラハラ(ロジハラ寄り)に関してあまりいい気持ちにならない人や、その手のトラウマがある人には辛いであろう部分があります。
っていうか書いてる本人がめちゃくちゃダメージ受けとる。



9



以前から不貞を疑ってはいた。しかし私に知られないように気を配ってくれている限りは、私も己の心に蓋をすると決めていた。

他所に女がいても、それは結局遊びでしかない。簡単に体を許して簡単に欲望を処理できるだけ。家族になりたい相手ではない、と。


彼女の言っていた言葉はアホくさかった。

「あんたなんかより私のほうが好きだって、私と結婚すれば良かったって言ってた」........そんなもの、ベッドで女の気持ちを盛り上げるための方便だ。

やる事をやってスッキリしたら、知らんぷりをする。相手の知能にもよるが、大抵はそんなこと自分から「あの時私と結婚するって言ったことなんだけど」などと話をもちかけるのは難しい。それを逆手にとってずっと知らんぷりをしていれば、自然とその話も忘れられる。

頭が悪くて行動力のある女なら、........今回のような突っ走った行動に出る。





「スマホ出して」


帰宅するなり、夫は焦った様子で私に詰め寄った。


「え、嫌です」

「僕が料金払ってるし、僕が本体のお金も出したよね?つまりそれは僕のものであって、君が好きにしていいものじゃないんだよ?」

「そんな........」

「僕がこの家の家賃を払ってる。君が着てる服も、化粧品も、全部僕が買ってあげたものだよね?逆らうの?」


胸の真ん中に穴が空くような、強烈な苦しさに襲われた。卑怯だ、そんなの。お金のことを言えば、私が逆らえなくなるのを知ってるんだ。いや、私と同じ立場の人間なら誰だって、何にも言えなくなる。


私が取り出したスマホを受け取って、夫は無言で操作した。あの女から話を聞いて、録音データを消そうとしてるのだろう。となると、このまま話し合いでもするのだろうか。

離婚は困るなぁ。彼と居ると心がとても楽だし、自立をしないでも生活できる。その代わり彼のサンドバッグにもなるし、不倫も見逃す。寂しいのは嫌だ。


「今日あいつからなんて言われたの?」

「あいつ、とは?」

「カナだよ。お前の所に言ったら録音されて脅されたって」

「カナっていうんですか、あの人」


それにしても、脅されたとはどういうことか。そんなことは一ミリもしていないし、どちらかと言うと一方的に嫌がらせをされたのは私なのだが。
そのうえ「お前」だなんて。今まで私のことはずっと、名前で呼ぶか「君」だったのに。


「あの人に言われました。剛典さんがカナさんと結婚したかったと言ってたって」

「........それは」

「わかってますよ。その気にさせるためにいったんでしょ」


カナさんへの発言の意図を理解されていたことに少しだけホッとした様子を見せたが、次の瞬間にはいつもの真顔に戻った。私の口調に僅かな嘲りの響きがあったのを、この人は聞き逃さなかった。


「僕を批判できる立場なの?」

「........」

「君は普段からまともに家事もこなせないし、自立も親離れもしない甘ったれだったから、僕が見かねて結婚してあげたんだよ。どうせ君みたいなのは自立できないタイプなんだから。経済面で僕に寄生してるおかげで、今の君は多少なりとも社会生活が送れるんだよ」

「はい。........本当にありがとうございます」

「僕が他の女と遊ぶのは、君に何の原因も無いと思うの?
家に帰る度にいい加減な家事の結果を見せ付けられて、僕は毎日うんざりなんだよ。家に帰るのが億劫だよ。そうならないために改善できる点はたくさんあるよね?」

「........ごめんなさい」

「謝罪じゃなくて改善を求めてるの。僕と離婚したら生活レベルが下がるよ?今みたいな生活出来なくなるよ?君の親もお兄さんもどうせ君の事なんか助けるわけないし、どうするの?」


やっぱりだ。いつの間にか私が叱られてる。いつも通りだ。
成瀬さんのお母さんも、こんな気持ちだったのかな。針でチクチク刺されてるのに、それが安心する錯覚してしまう。今現在、理不尽な目にあってるのは分かる。なのに、後になって思い返すと自分が全面的に悪かったような気もする。圧倒的に弱い立場に立つことが楽すぎて、私はずっとそれに甘えてきた。


何も言えなくなった私をよそに、夫は私のスマホを黙々と見続けて、やがて見つけた。


「誰この成瀬って奴。男の名前だよね?」


つづく

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