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(小説)ごめんなさい 10

最初から

まえのやつ


10



夫は完全に一線を超えていたのに比べ、私はただ連絡先を交換しあって職場で会話していただけだ。幼稚なことを言うようだが、私はそこまで悪いことしてないのに、なんでこんなに責められなきゃいけないんだ。

ただ好きになっただけ。でも何もする気はない。ただ話せれば満足だった。



夫は私の靴、スマホ、家の鍵を取り上げた。パート先にも勝手に電話して、退職すると言ったそうだ。

それ以降私は家から外に出して貰えない。出来ることは読書と、テレビを見るくらい。


成瀬さんのことを知った夫は泣いた。私が他の男を好きになったことが許せないと。
同僚なのかと聞かれたので、咄嗟に常連だと嘘をついた。
ただ好きになっただけ、そのうち気持ちも落ち着く。何度もそう言った。



自分でそう言いながら、確かにそうかもしれないと心の中で思った。ただ好きになっただけ。軽い恋心なのかもしれない。隣の芝生が青いだけ。
燃え上がった恋心はそのうち鎮火して、すぐに好きでもなんでもなくなる。そうなのかもしれない。そうであってほしい。


「君は自分の力で生きれない癖に、他の男に簡単に靡くなんて最低だよ」


そうかもしれない。それでいいや、もう。どうでもいいよ。

毎朝、夫が出勤した後にリビングのソファに寝そべるのが日課になった。このまま夕方まで動かない。


「さようなら........」


時折そう呟いて、涙が零れてしまう。何に対してのさようならなのか。
どうせ私は一人で生きれない甘ったれだから。出来損ないだから、夫に従うしかないのだ。
どうして私はこうなんだろう。


どうして。
どうして一人で生きれる強さがないといけないんだろう。どうして皆、自立することばかり言うんだろう。

どうしてわからないんだろう。自分の幸せに対して、正直興味が無い私のことを。

誰かのために努力をして、それで喜んでもらえると嬉しい。人のためにする努力なら惜しまない。どうして人に幸せになって欲しいのに、自分はどうでもいいと思えるんだろう。


だから針のむしろのほうが座り心地がいいような気がしてたんだ。自分が苦しんでいれば、自分が犠牲になれば、自分さえ我慢していれば、何かしら誰かのためになれる。

私は卑怯者だから、誰かを理由にして生きていたい。自分のために生きるのは面倒臭い。




産まなきゃ良かった。死ね。お前は私の子供じゃない。

そんな言葉の呪いなんか関係ないと思っていたかった。親のせいにして甘えるのは、なんか違うと思ってた。
母の言葉を気にしないように生きていたつもりだったのに、ずっと捕らわれていた。
もちろん、母にだけ責任があるとは言い切れない。私が選んできた道なのだ。私が自分で選んだ道が、全て母の呪縛から逃れられない道ばかりだったのだ。

抜け出そうと思えば出来たはずなのに。





自分なりに頑張って生きてきたつもり。
でも頑張り方を大きく間違えていた。

間違えていたことに気付いても既に遅く、私はもう疲れ果てている。人生の全てを間違えていた。私は間違えていた。
寄りかかれる誰かを探すのではなく、互いに支え合える人を探すべきだった。もっと人を頼って、家を出て一人で生活できるような支援が得られる機関を探せばよかった。母や兄と、冷静に腹を割ってとことん話し合えば良かった。
きっと他にも、たくさん間違えていることがある。取り返しがつかないことばかりだ。
もう疲れた。己の愚かさに嫌気がさした。
私が今辛いのは、全て私の自業自得だ。








泣いて泣いて、涙も枯れ果ててしまった頃には、既に時計は17時をさしていた。
そろそろ起き上がって、下手くそでも家の掃除をして夕食の準備をしないといけない。
何もしていないと、また夫に怒られる。私が悪いのだから仕方ない。


ぼんやりとそう考えてソファから起き上がり、掃除機を取りに行った。




つづく

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