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(小説)ごめんなさい 11

最初から


まえのやつ



11



出来心、というか。
掃除機を仕舞っている収納の扉を開けると、上段に置いてあるビニールロープが目に入ったのだ。いつ、何のために買ったのか分からないけど、何故かずっと家にある。


それを見てふと思ったのだ。もう死のうと。

考えてみれば、人生のほとんどの毎日を、死にたいと思って過ごしてきた。
どうして今まで、死のうとしなかったんだろう?........死ぬのも面倒だからか。



不思議と怖くなかった。迷わず手を伸ばしてそれを掴むと、リビングのドアノブに急いで取り付けた。

ニュースで芸能人が「ドアで首を吊って自殺」と聞くが、どうやってやるのかずっと考えていたことがある。私の推理ではこうだろう、という方法を試してみることにした。





そうして試行錯誤して、なんとか紐を引っ掛け、あとは首を吊るだけというところまできた。我ながら上手くできている。


時計を見ると、夫の就業時間は既に終わっている頃だった。休みの日にも出勤と偽って不倫相手と会っていたこともあるようだが、それでも毎日同じ時間帯に必ず帰宅している。その辺り抜け目がないというか、こだわりのルーティンで生きている人間らしい。




帰ってきたら、死んだばかりの私がドアノブにぶら下がっているのか。想像しただけで笑える。

そして私が死んだことをいい事に、自分が被害者だと言いふらすのかもしれない。私が他の男に恋をして、悲観した末の自殺だと言って同情を集めるのだ。自分の両親や、私の母や兄、職場の人間にも。


「........いや、それはないな」


首に紐を掛けながら、独りごちて呟いた。
あの人の性格からして、自分が不倫していることも話すだろう。そしてその上で、私の至らない点を挙げ連ねていかに私が最低な女かを主張するのだ。そして何故か、本当に周りの人も私が悪者だと考えてしまうようになる。口が上手い人間というのは、本当に羨ましい。



最後の最後まで、私は幸せというものがよく分からなかったな。
上手く死ねますように。



怖いという感情がまだ生まれないうちに終わらせてしまおうと思った。まだ現実味がないからこそ、首を吊る準備も淡々と行えた。一瞬でも迷ってしまえば、怖くなって手が止まるだろう。
思い切って、首に掛けた紐にぶら下がった。苦しい。少しずつ視界が赤黒くなり、手足が痺れていく。早く終われ、早く終われ。死なせてくれ。


しかし、意識が飛びそうになる直前に何かが壊れる音がした。ガラガラと扉を挟んだ反対側で音がして、首の紐が緩んだ。
何が起こったのか確認しようとする間もなく、勢いよく床に倒れ込んだ。ガツンと頭の後ろで音がして、目の前が真っ白になった。


つづく

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