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(小説)ごめんなさい 4

最初から

まえのやつ

4



「味付けがダメだね」


箸を置くと、夫は目の前の皿を指さしてそう言った。「醤油入れすぎだし、他に調味料使ってる?ちゃんと味見してるの?」


「ごめんなさい。味見は一応したんだけど、醤油だけで充分な気がしてしまって」

「だめだよ、ちゃんとしなきゃ。今度からレシピサイト見ながらやってみなよ」

「うん。ごめんなさい........」

「謝罪は要らないから、改善して」

「はい」


育った環境が大きく違う、一言で言えばそういうことだった。

両親にしっかりと料理や家事について教え込まれ、愛されて育った夫。
何をやっても否定され続け、邪魔者扱いされて育った私。

生活をしていく上で、問題があるのは明らかに私の方だった。
家事は雑だし、料理は大味。会話の受け答えも、どう答えたらいいのか分からなくてトンチンカンな発言をしてしまい、よく怒られる。
結婚祝いに彼の両親が買ってくれたダイニングテーブルの周りにお互い腰掛けて、彼が叱り、私がそれを項垂れて聞く事が頻繁にある。


恋人でいる間にも、こういう風に怒られることはよくあった。結婚して生活を共にすると更にそれが増えた。まぁ、当然の流れだが。



「やっぱり、僕ら結婚しない方がよかったかもね」
夫によくそう言われる。

彼は元々私のことを好きだったというよりは、心配だったそうだ。私が常に無理をして笑っている様子を見ていて、放っておけなかったという。私の家庭の事情を知ってから、尚のこと助けなくてはと思ったそうだ。

彼にとっては、ほとんど情だった。飽きやすい性格らしく、恋人が出来ても直ぐに別れることを繰り返していた中で、私だけが必死にしがみついてきた。捨てないで、居なくならないでという一心で、己の考え方や振る舞いを改める努力をしてきた。

私が感じているほどの熱いものを夫は感じていないのは分かっていたが、私にはそれが有難かった。理想も抱かないから「そんな子だと思わなかった」と勝手にガッカリしてくることもないし、平均よりは冷淡とはいえ正しい道を教えてくれるから。尊敬できて引っ張ってくれる、私にとっては凄い人なのだ。

結婚を申し出てくれたのも、私を母の元から出すためだった。このまま母と一緒に暮らしていたら、いつまでたっても強くなれないからと。


よくある愛情の形では無いものの、彼は私を大事にしてくれているのだ。
そのことはよく理解している。それでも、


「いつまでたっても成長しないね、君は」


毎日のように言われる言葉に、私の心はいつも傷付いている。私だけしか居ないと情熱的に求めて欲しいわけではないけど、ほんの少しだけでいい。手を繋ぐとか、頭を撫でるとか、それだけでもいいから、優しくして欲しいというわがままな願望が消えない。
あまり他人との肉体的な接触を好まない夫は、私と手を繋ぐことも、抱くこともほとんどしない。同じベッドで寝るのも、夜に互いを求めることもしてくれなくなって、既に2年が経とうとしている。

寂しいし、悲しい。


つづく

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