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(小説)ごめんなさい 3

最初から

前のやつ

3



夫に出会ったのは24の時だ。

兄は家を出ており、母と二人暮し。元居た街から少しだけ離れた所に引っ越した。
そこで始めた本屋のアルバイト先で、彼は副店長をしていた。


「それ、わざと?」


世間話をしている途中、急にそんなことを尋ねてきた。キョトンとしていると、彼は少しだけ目を眇めて


「それ、笑ったり冗談言ったりしてるの、無理してない?」

「え........」


心臓が締め付けられる思いだった。母ですら自信がついて明るくなっただけだと思っていた私の外面を、夫に容易く見破られた。それどころか、


「きっと色々あったからこそなんだと思うけど、僕はそんなふうに話されるのはちょっと嫌だな」


真面目な顔で、じっと私の目を見てそう言ったのだ。過剰な優しさはなく、かといって冷たくもない、透明な眼差しだった。


何も答えられない私をそっちのけにして、彼は業務に戻った。私はあまりの衝撃に声も出せず、上手くても動かせない状態で、ただただ夫の横顔を見つめていた。それを嫌がるわけでもなく、夫は黙々と仕事を続けた。


この人、私のことをちゃんと見た。
女ではなくて、1人の人間として私を見た。



その事がとても嬉しくて、夫の事を好きになっていた。身長は低いし、体つきも太っているし、決して魅力的な男性ではないけど、彼の言動一つ一つはとてもかっこよかった。
他人に対して公平で、誰に対しても飾らない言動。そして簡単には間違った道を選ばない慎重なところ。人として尊敬した。


男性経験はあったものの、恋をした経験は無かった私はどうしても想いを伝えることが出来ず、長いこと彼をただ目で追い続けるだけの日々だった。
近くに居るだけで緊張して、声も満足に出せない。顔も見れない。

夫は全く意に介さず、平常運転だった。むしろ私以外の女子店員と話す時のほうが楽しそうで、絶対に私なんか好きになるわけないと思い込んでいた。外面で固めて自分を守ってるような、極端に言えばただの嘘つきな女よりも、他の女性のほうが魅力的で大人だもの。




しかしある日、夫が突然私をドライブに誘ってきた。夜景が綺麗な、山の中の小さな公園に連れ出してくれた。

不思議なもので、周りに人がいないだけでずっと話しやすくなった。私は彼とお互いの家族の話や、趣味の話を何時間も話した。それだけなのに、今までの人生で感じたことが無いほどの楽しい気持ちになれた。

こうして私と夫は交際するようになり、私が27、彼が33の時に結婚した。
基本的には楽しい。趣味も合うし、お互いの笑いのツボも近いので冗談を言い合ってたくさん笑っている。







つづく

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