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(小説)ごめんなさい 2


最初から

まえのやつ

2



己の容姿について自覚したのは、19の頃だった。
その時私は小さなスーパーでパートをしており、毎日レジを打っていた。


男性客が連絡先の書かれたメモを渡してきたり、彼氏は居るのかと聞いてくる事が度々あった。周りの女性店員らが、それを見て冷めた目付きでこちらを睨む。
家の近くを歩いていたら、たまに見かける同年代くらいの男性に呼び止められ、真っ赤な顔で連絡先を交換してほしいと頭をさげられた。街中を歩いていると、すれ違う人達に顔をじっと見られることも多かった。


私はある程度、容姿が整っているのだと自覚した。
母と兄から毎日のように不細工だと罵られていたので、初めはにわかには信じられなかったけれど、こうして家族以外の人達の反応を見てみると、事実は明らかだ。


そのことが解ってから、私は己の身なりを少しでも良くしようと心がけた。
母は私に小遣いも渡さないし、給料も全て取り上げはするが、衣食住と最低限の化粧品くらいは買ってくれた。なので毎月一つずつ、母に頼み込んで安い化粧品を揃えていった。


しっかりと化粧をするようになると、更に私を見る男たちの目が変わっていくのがわかった。以前までは全く興味が無さそうに横目で見るだけだった人も、ギラギラした目で私を見つめてくるようになっていく様が気持ちよくて、今度は中身も好かれるように努力した。

明るく振る舞い、冗談を沢山言い、男女問わず媚びを売った。するとそれまで冷たかったパート先の女性店員達の態度も優しくなっていった。社員の男性からも交際を申し込まれ、生まれて初めての恋人も出来た。生まれて初めて、自分のために努力をした経験だった。


その努力は28になった今でもしている。19の頃よりもずっと人の表情を見る事が上手くなり、その場に即した言動ができるようになった。何より、他人のために己を偽ることで、ここまで皆が楽しそうに笑ってくれるのは、とてもとても嬉しかった。

でもやはり、心は空っぽだった。所詮「偽り」でしかないのだから。
私の外見は事実平均よりは上であるが、中身はいつまでも役立たずで、邪魔者で、ピラミッドの下段に居るような卑屈な奴なのだ。
無茶な自分改革は当然ながら精神的に負担が大きく、疲れた。


恋愛に関しては、私は常に男に飼育されるだけだった。
二十歳を過ぎても母に給料を取り上げられ続けていたので、所持金は常に無かった。その為、定期的にお小遣いを渡してくれる恋人をよく選んだ。

恋人が変わる度に、私の家庭事情を軽く説明した。
「そんな家今すぐ出ろ」と言う人もいた。二十歳で世間知らず、まともに学校にも行けなかった小娘である私は、そんな事を言われてもどうすればいいのか分からなかった。だから「その為には何をしたらいいの?」と尋ねるのだが、「そんな事は自分で考えろ」と突き放された。


自分の外見がそれなりに整っていることを自覚してから数ヶ月足らずで、周りの男が私に何を求めているのか、薄々理解した。
私を横に並ばせて歩き、視線を集めて誇らしげにしている横顔。身体を自分勝手に陵辱して支配欲に浸っている顔。

........そうか、彼らは私を愛している訳では無いのか。


一気に、男という生き物が気持ち悪くなった。道行く中年男性、仕事中に話しかけて来る男性客、彼らのねっとりとした目付きの不快さに吐き気がした。
それなのに、私は恋人を途切れさせることはなかった。いつの日か私を心から愛してくれる人が現れるかもしれない──、そう考えて、言い寄ってくる男達に適当に応えていた。


私は弱いから。
自分の力では崖から這い上がれないから、自分の幸せなんかのために努力するなんて反吐が出るから、情けないけど誰かに頼るしかないと思った。そのための武器は持ってる。若いうちに、誰かに助けて欲しかった。

きっといつの日か、母や兄からは貰えなかった愛情を私にくれる人が現れると、信じたかった。家族になってくれる人が、自分の身を犠牲にしても幸せにしたくなる人が、この人の為に頑張りたいと思える人が、きっと。


つづく

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