松浦拓弥を見逃すな
敵陣にスッと現れ、蜂のように刺す。飄々とした風貌から来るイメージそのままに、フィールドを自由に、そして軽やかに駆け回る。
男の名は、松浦拓弥という。
松浦は、2006年に静岡県立浜名高校を卒業後、2007年にジュビロ磐田に入団。
2007年当時のジュビロ磐田といえば、川口能活、中山雅史、名波浩など、錚々たる面子が名を連ねる名門チームであった。
入団前年のリーグ順位は5位。2000年代前半の「黄金期」と呼ばれた頃の輝きには届かぬものの、Jリーグを代表する強豪チームという位置づけには変わりはない。入団1年目、当然の如く松浦に出場機会が訪れる事は無かった。
しかし2年目、同じポジションのライバルの故障を機に、カップ戦では3試合、リーグ戦では11試合の出場機会を得る。
さらには、ベガルタ仙台とのJ1J2入れ替え戦ではチームの得点全てを松浦が奪い、チームは見事J1に残留。弱冠19歳の松浦は一躍「救世主」と崇められた。
そこから2021年に至るまでの14年間で、松浦はJ1で225試合、J2で60試合、計285試合に出場した。平均にして、年間20試合。松浦はサッカー選手として確固たる地位を確立した。
日本サッカー界最高峰の舞台であるJ1リーグで10年以上にわたり活躍し続ける松浦の魅力とは何であるか。
まずプレー面の特徴について、松浦自ら語っていた点として「DFの間で受けてターンする事」「ゴールのイメージ・アイデア(を形にすること)には自信がある」との事。
また松浦は、ドリブラーとしても高い評価を得ており、2014年から2018年までの5シーズン、監督として松浦を指導してきた名波浩氏からは「松浦のドリブルを一言で表すなら、変態」「やってみたいとは思えない」「(松浦のドリブルを)真似するのは無理だと思わせられる」と、最大級の賛辞を受けている。
また、プレーだけでなく人間的魅力を裏付ける証言も多くあり、松浦の長所について質問された川口能活は「マツは人懐っこい」「誰からも好かれる性格」「マツの事嫌がる人っているのかな」と、その親しみやすい人柄から多くの選手に愛されている事が窺える。前田遼一も「人懐っこい」「気ぃつかい」と松浦の人間性を認めている。
一方、自他ともに認める「テキトー」な性格であり、同じくジュビロ磐田の同僚からも「メリハリが無い」「遊び大好き」「チャラい」「自律ができればもっといい選手になれる」など、散々な言われ様であったが、松浦を語るその表情は皆一様に笑顔で、心なしか楽しそうであった。松浦はいわゆる【愛されキャラ】なのだ。
そんな松浦に危機が訪れた事もあった。
2019年シーズン、11年苦楽を共にしたジュビロ磐田から横浜FCに移籍して初年度のこと。松浦は5シーズンぶりに出場試合数が20試合を下回った(15試合)。
その理由は、松浦自身の「遅刻癖」にあった。ジュビロ磐田時代から、度々練習に遅刻する事があったという松浦。その遅刻癖は横浜FCに移籍してからも改善される事は無く、事態を重く見た下平監督は松浦に「半分戦力外」を通達した。
実際、2019年5月に下平監督が就任して以降、2019年シーズンでの松浦の出場試合数は28試合中6試合に留まっている。
タヴァレス監督が解任される第13節までは9試合に出場していたことから考えると、事態の重大性がお判りいただけるかと思う。
何はともあれ、松浦は横浜FCでの出場機会を失った。結局、横浜FCはその年、悲願であったJ1昇格を決めた。紙吹雪が舞う三ッ沢で、涙を浮かべるスタッフ・サポーターの歓喜の輪の中、松浦は一体何を想っていただろうか。悔しさ、情けなさで一杯だったのだろうか。いや、松浦の事なので案外何も思っていなかったのかも知れない。
兎にも角にも、松浦は危機的状況の中2019シーズンを終えた。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、2020年シーズンに向けたキャンプが始まる前、ジュビロ磐田時代からの同僚であった日本サッカー界のレジェンド・中村俊輔が「マツは俺が何とかします」と下平監督に直訴した。
それからというもの、中村はキャンプ中毎朝松浦を朝食に連れて行くなど、見事松浦の遅刻癖の改善に成功し、その変貌ぶりには下平監督も「ちゃんとやるようになった」と太鼓判を押した。
未だに、何故中村はそこまでして松浦を助けたのかは疑問ではあるが、なんにせよ松浦は許された。
そうして迎えた2020シーズン。松浦は主に右SHとして27試合に出場。チームが勝利を収めた9試合中8試合にスタメン出場し、さらには勝ち点を得た15試合中12試合にスタメン出場するという活躍ぶりを見せた。
そんな松浦は2020年9月にアパレルブランド、【Perser】を立ち上げた。
引退後の生活を考えた末の決断らしい。
会社は、小学校時代からの同級生と共同経営という形を取っている。セカンドキャリアを考えて始めたことが【アパレルブランドを立ち上げる】というのも、なんともオシャレというか、斜め上の発想が松浦らしい。
そして今季、松浦は怪我の影響で開幕から第7節まで欠場したものの、第14節終了時点でチームが勝ち点を得た4試合のうち3試合(うち2試合はスタメン)に出場するという活躍を見せている。
松浦はいま、最下位からの巻き返しを図る横浜FCにとって、もはや欠かすことの出来ないピースと化している。
時に鋭く、時に柔らかに。ヒールパスやターン、ループパスを多用する松浦のスタイルは、直線的かつ情熱的にゴールへのアプローチを見せるアタッカーの多い横浜FCにおいて、異質であると言える。
緩急織り交ぜたパスや、独特のリズムとタッチで紡いでいくドリブルを武器に、松浦は相手を嘲笑うが如くフィールドをすり抜けていく。
松浦には特別な速さがある訳ではない。
特別な強さがある訳でもない。
それでも相手は、松浦を止められない。松浦には、常人には見えない何かが見えているのだ。そして誰もが驚くようなプレーを見せた後も、松浦は飄々としている。
逆に、致命的なミスを犯したとて、決して落ち込むことはない。恐らく気にも留めていない。
そうしてまたフラフラとDFラインの間に現れては、フィールドに魔法を掛けていく。
松浦は、今年で33歳になる。サッカー選手としては既にベテランの域に差し掛かっている。
しかし、ドリブルの切れ味は未だ衰えを知らず、発想力やイメージの引き出しはむしろ進化している。
そして松浦はこの先も、誰よりも自由に、そして軽やかにフィールドを駆け回ることだろう。そうして生み出される芸術的なパスやトリッキーなドリブルで観る者を魅了し、チームの勝利を手繰り寄せるに違いない。
フィールドに魔法を掛ける男。
松浦拓弥を、見逃すな。
【参考文献】
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