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後輩が飛んだ日

今日、後輩が飛んだ。
飛んだ――いつから「意図して連絡なしに来なくなること」を指すようになったんだろう。
私が20代の頃は「バックレ」だった。

後輩は頑張っていた。
後輩は気に入られていた。
後輩は笑っていた。
でも今日、後輩は飛んだ。
急病を心配した上司が緊急連絡先に電話をしたところ、配偶者に「会社に行きたくないと言っている。辞めたいと言っている」とだけ言われた。

「気づいてあげられなくてごめんね」とは思わない。
それを思った瞬間に、後輩を気づいて欲しがり屋にしてしまう。
後輩は気づいて欲しい構ってちゃんじゃない。
働きたいなら働くために相談するのも仕事の一つだ。
相談した上で周りに変わって欲しいんじゃない。もう会社に行きたくない、が全てなのだろう。
私たちは見切りをつけられたのだ。

後輩の席は私の隣だ。いや、隣だった。
正式に退職日が決まり、その日を迎えたら、ほどなく新しい後輩がその席に座る。
そうして何人かの後輩が座ってくれたし、飛んでいった。

次この席に座る後輩には、長く勤めてもらえるようにと思う。
でもそれって随分難しいことだ。
なにせ私は、飛んでいった全後輩にそう思っていた。
私は彼らと距離をとったり縮めたりした。
手厚くしたり自立させたり、毎度毎度試行錯誤した。
どれも失敗だったのか、もうわからなくなってきた。

だから私は助言を求めることにした。
辞める人が後を絶たない過酷な労働環境の人、で思い浮かんだのは、精神病院の病棟で30年以上働くSさんだ。

Sさんは快活で楽しい人だがちょっと怖い人だ。なんというか、「2回目(に同じことを聞いた時)は笑ってくれないだろうな」と思わせる風格がある。

精神病院の朝は全ての備品の定数チェックから始まる。
ボールペンが1本足りないだけでもその日は仕事にならない。患者さんがペンを凶器に自分や他人を傷付ける恐れがあるからだ。
トイレ掃除ひとつとっても骨が折れる。
入口ドアを開けて中に入る。閉まったドアを振り返ると、ドアに排泄物でアートが描かれているのので、新人には「トイレ掃除ではまず退路を確保せよ」教える。大抵の新人は最初のトイレ掃除でドン引きするのだそうだ。

ペン1本、洗剤1本置き忘れるだけで人の命に関わる緊迫した職場。加えてSさんをはじめとする厳しい先輩たち。辞める人は後を絶たないようだが、どう気持ちの整理をつけているのか。

真剣に聞いたのだが、
「マナカナじゃないんだから、わかりっこない」とケタケタ笑われた。
「辞めてった人の気持ちなんて、わからない。言葉で言われたことしかわからないですよ。だからあの子にはああした方がよかったのか?次の子にはこうした方がいいのか?なんて考えませんね。患者にとって安全なやり方を選びとるだけ。それが継続できる人と、できない人がいる。それだけ」

来るもの拒まず、去るもの追わずということか?
「私が入社したとき、求人情報には[誰にでもできる簡単な仕事です]って書いてあったし、面接官にも言われたのに、初日に見たのはうんちが飛び散ったトイレにギャーギャー叫んでる患者たち。どこが簡単なお仕事だよって思いましたよ。でも今は、仕事探してる友達がいたら[誰にでもできる簡単な仕事だからおいでよ]って誘いたいくらいここにいるのが自然。いいですか?みんながやりたがる仕事が良い仕事ってわけじゃないんですよ?みんなが逃げたくなる仕事の中に、良い仕事があるんです。だから何人辞めたっていいの。その人には別に天職があるだけなの」

それでも新入社員には少しでも長く留まってほしい。接し方で気を付けることはあるのではないか。
「常に[マナカナじゃないんだから]って思うことですよ。辞めてった人だけじゃない。今居る全員、他人なんだから、心読めないんだから、新人さんには察して動けなんて決して思わないことです。口で言ったことだけが全て!これは察することが苦手な人だけでなく、察し過ぎてしまう最近の若者にも有効なんですよ」

このくらい、察して動けるだろう――からくる失敗、うちのチームは何度もやったことがある。
今日から私は、マナカナじゃないんだから口で伝え切るぞ!と奮起したし、上司には[マナカナじゃないんだからそんな指示じゃわかんねえよ]と不遜を増幅させたのだった。

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