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海に行く話

 20代にったばかりの頃、当時付き合っていた彼女とよく海を見に行っていた。
 車を20分ほど走らせ、海岸沿いの駐車場に停める。
 そのままエンジンを切って、日が落ち辺りが真っ暗になるまで過ごした。
 2時間は話していただろうか。いや、何も話さずぼーっとしている時間もあった。

 海の思い出を教えてくださいというテーマを見て、そんな日々を思い出した。

 当時は仕事を始めたばかりで金もなく、彼女を連れて行く場所のレパートリーがなかった。その為、毎週のように行っていたと思う。
 あれから十年弱になるが、彼女と別れてからはあの海に行くこともなくなってしまった。

 なのに今でも思い出せる。

 窓の外からうっすらと聞こえる波の音。
 内容はもう覚えていない彼女の愚痴や笑い声に、テレビで見た映画の感想。
 夜になって何も見えない、海かどうかも判らない黒く広がった景色。

 それを思い出せる。
 思い出せるのだが、あの頃には無かった疑問が頭に浮かんだ。

 あの時の彼女は楽しかったのだろうか。

 少なくとも僕は楽しかった。
 好きな人と二人きり。一緒に居る時間。話したり、話さなかったりする時間。
 十分すぎるほど贅沢で、楽しいひと時だった。

 でも、それは自分だけだったのかもしれない。
 彼女はもっといろいろな所へ行きたかったのかもしれない。

 でも、笑って話していたし一緒にうたた寝もした。
 あそこに行こうと彼女から言った時だってあった。

 いったいどう思っていたのだろうか。

 そんな答えの出ない疑問が浮かんでしまい憂鬱になった。
 それがつい先日のこと。

 今日。休日を使い、答えを求め久しぶりにあの海へ足を延ばしてみた。
 あの頃から全く変わっていない、さほど綺麗とはいえない海岸。しかし、あの時の僕はその日常の延長線上な景色に落ち着いていた。
 今はむしろ心がざわざわする。

 海は変わらない。
 しかし僕自身は変わってしまったのか。
 助手席に彼女は居なく、話し相手も、一緒に昼寝をする相手も居ない。

 思わず寂しくなってカーラジオのボリュームを上げてみたが隣の空席は埋まらなかった。
 シートを浅く倒して車内の天井を見上げる。
 ほどよい揺れを感じながら目を閉じてみたが、やはり心は落ち着かず、答えも見つからなかった。
 この海は思い出の場所というには、あまりに素っ気ない海岸だ。ノスタルジーというよりも、ただただ座りが悪かった。

 そういえば、なんでわざわざ海まで来ていたのだろうか。
 どうせただ話すだけなら公園のベンチでもよかったはずなのに。
 僕から言ったのか、彼女が言い出したのか、きっかけがどうしても思い出せない。
 しかし、当時の僕の発想に「海を見に行く」なんてものがあっただろうか。

 今なら何か分かるかもしれないと思って来てみたのに、答えの出ない疑問が増えてしまった。

 憂鬱なまま帰宅すると、同居している祖父母が出かけるというのでどこに行くのか訊くと「海見てくる」と笑顔で返された。
 そういえば、少し前に仕事を引退してから二人はよく海を見に行っている。その帰りにパチンコへも行くのだが。

 あぁ~と、その時に気が付いた。
 自分はこんな二人に憧れていたのかもしれない。

 海へ行くきっかけはやっぱり自分ではなかったように思うが、また行きたいと思ったのはきっと自分だった。

 当時、別に結婚など考えていたわけではない。(いや、正直いつかはと思っていた。)
 別に海である必要もなかった。
 ただ、誰かが横に居るなら、どこか静かな所へ行って、散歩して、なんでもない話しをする。
 それを楽しいと思える。それに癒される。
 それがいい。そんな二人がいい。

 心の奥底で僕はそう思っていたのだろう。

 勝手に悩んで、勝手に腑に落ちて、憂鬱さが少し晴れた。
 今度また海に行ってみよう。
 僕はしばらく一人だろうが、まずは一人でも癒されるようになる所からだ。文庫本でも持っていき、海岸で読書でもするのもいいかもしれない。
 想像しただけでいい休日ではないか。

 ……いや、やはり夏の間は止めておこう。
 海水浴をするわけでも、サーフィンをするわけでもない僕が駐車場一台分を埋めてしまうのは申し訳ない。
 だったらマリンスポーツでも始めたらいいのかもしれないが、その案は却下せざるを得ない。
 僕は泳げないのだ。

#わたしと海

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