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土の惑星


<土の惑星>

英語のsoilには汚すという意味があるし、泥染めと呼ばれる染色法があるように土は衣服や身体を汚すイメージが強い。
しかし、土はあらゆるものを浄化する。

そればかりじゃない。
土に種を蒔けば食料を生み出し、掘れば甘泉が湧き溢れ、それらによって獣も人も育ち、死んだものは土に戻るにも関わらず、土は何も言わなずにすべてを受け入れて、すべてを変えていく。そんなようなことを孔子は数千年前に語っていたという。

数十cmほどの厚さしかない生きた土は、生命を持たない鉱物によってできた地球と大気が出会う接点であり境界である。人間を含む地球上のすべての生命にとって、これはもっとも重要なエッジである。
土は地球の表面にしかない。陸地表面の約3割を覆う。そして、必ず岩石の上に乗っている。陸上では岩石圏と大気圏をつなぎ、海中では岩石圏と水圏をつなぐ。

農家さんたちが「土」というとき、それは土中内の水分や空気も含まれている。
専門用語ではこれを土壌と呼ぶ。土壌の定義は「無機物と有機物と生物からなり、植物の生育を物理的にも栄養的にも支えることのできる地表の自然物」となっている。
現代の高度な科学技術でも土壌は複雑すぎて化学構造もほんの一部しか分かっていない。この本で紹介している土の話はさらにその一部分である。

だから、大切なことは人類の科学ではまだ土壌が作れない、ということだ。月や火星への移住においての問題のひとつは土壌がないこと。
レオナルド・ダビンチは「我々は天体の動きについての方が分かっている。足元にある土よりも。」という言葉を残している。ダビンチが過ごした時代よりも科学技術は大いに発展したが、宇宙も地中もまだまだ未知であることは変わりがない。

今のところ、地球以外に植物が確認されていないことから、宇宙でも土壌があるのは地球だけである。平均すると厚さ1Mに過ぎない土壌が地球の皮膚となって大地を覆っていて、あらゆる生物を養っている。私たち人間も含めてほとんどの生命は土から離れて生きてはいけないのは事実だ。

土壌のうち約半分が水分(液相)と空気(気相)が占める。場合によっては約80%ほど占めることもある。
裸足になって土の上を歩いてみると、コンクリートと違って柔らかい感触があるのはこの水分と空気のおかげである。
ほかの約半分は砂や粘土という無機物と腐食や土中生物などの有機物であり、固相という。

土壌学でいう土の特性は固相のなかの無機物が中心となって説明される。農家さんが「良い土」と呼ぶものは有機物の豊富さのほかに、水分と空気のバランスの良さも含まれる。自然農の職人たちはこれに加えて生えている雑草や住み着いている動物たち、そして微生物を五感を使って判断している。

土は呼吸をする。これは土中生物だけではなく、植物の根も同様に呼吸をしていることを意味している。地上と同じ酸素を吸収し、二酸化炭素などを排出する。これを土壌呼吸という。
水はけが悪いということは呼吸がしづらいということで、根は呼吸ができずに根腐れするのだ。

また、空気中の二酸化炭素を植物が身体に貯蓄し、それが土中生物の餌となり、腐食や土中生物の身体となることで炭素を固定する。
さらに窒素固定菌は大気中の窒素を土に、脱窒素菌は土中の増えすぎた窒素を大気中に放出する。こうして大気圏の大気組成のバランスを保つ働きを持っている。

土は分解する。土は土中内にある有機物も、表面にあるありとあらゆる有機物を分解して、土にしてしまう。それは微生物や動物たちの食べて死ぬという働きによって行われる。腐食とは微生物の食べ残しであり、いずれは食べ尽くしてしまう。

人間にとって有害である物質も同様だ。遅かれ早かれすべては土に還るもちろんそのスピードは一様ではなく、すぐに無害の物質になるとは限らないし、人間の寿命を超えることもごく当たり前にある。

「土となる」という日本語には「死ぬ」という意味が含まれている。あの世のことを冥土とも言う。植物や動物の死骸を「土に返す」とも言う。

陸上に生物が住むようになったのは約4億年前だが、そのときに海からやってきた生物たちによって土は生まれ、土に返るようになりまた土を作り、ついには土から生まれるようになったのだ。そして、一部の生物は海へと還っていった。実はサメなどの魚以外のほとんどの魚類には肺呼吸をした跡が残っているし、海洋哺乳類も帰り、数は少ないが一部の植物も海へと帰った。

地球とは「宇宙と生命をつなぐ星」と呼ばれるが、それは土があるからこそ、である。そんな土壌が形成されるスピードは極めて遅い。2、3cmの表土ができるまで二百年~千年はかかる。

世界中特に雨量が多い発展途上国では表土の消失が問題となっている。熱帯地域では侵食が森林破壊の主な原因になっている。毎年流出する何十億トンの表土の半分以上は、河川や貯水池に堆積して流れを防いでしまっている。その堆積物には魚や水生生物に有害な農業残留物や肥料が含まれている。貯水池に堆積物が蓄積すると貯水と発電の能力は減り、維持費はかさむ。

一年を通じて土地が植物に覆われた状態を保つこと、耕す回数を減らすこと、斜面を耕さないこと、もし斜面を耕す場合は等高線沿いに段々畑にすること、風害を受けやすい場所には背丈の高い作物や樹木を栽培すること。これでひどい土地侵食は防げる。
しかし残念なことに短期で見た場合には無視した方が利益は多くなるため、農家はこれらのことは頭でわかっていてもなかなかできない。

土は生命を養うばかりではない。土は水をろ過し、水は土を洗う。海から蒸発した水分はやがて雨となり、陸地に降り注ぐ。その過程で大気中のホコリなど含んでしまし、二酸化炭素を含むことで酸性によってしまう。

その雨水の3分の1は河川や湖、沼などに落ち、3分の1は植物の表面に付着し、残りの3分の1は土に直接吸収される。日本は温帯圏において豊富な雨量を誇り、ヨーロッパ諸国の約二倍となる平均1700mmも降り注ぐ。そのうち約半分が地中へと流れていく。(3分の1ではないのは植物が根から吸い上げ、葉から蒸散するため)

雨水が地中深くに染み込んでいく過程で不純物を土中生物に譲り、あらゆる養分を溶かし、最終的にはミネラル豊富な地下水となる。それを組み上げたものが井戸水で、地表面に溢れ出たのが湧水や泉であり、マグマ周辺で温められたものが温泉である。水が採取されるところで成分や温度が違うのは土の作用の違いだ。私たち人類があらゆるところで豊かな生活できる理由は土が水をさまざまに変化するからだ。

素焼きの陶板(植木鉢の欠片のようなもの)を使えば、微生物を含む水をろ過することができる。素焼きの陶板に空いている穴は単細胞微生物(直径1~数マイクロメートル)の5分の1から10分の1以下。しかも、その穴は迷路のように入り組んでいるため、微生物たちが通過することはほとんど不可能。アフリカでは昔から素焼きの甕を使って水をろ過して利用してきた。現在利用されている浄水ボトルのろ過フィルターも原理はほとんど一緒である。素材が土から他の物質に変わっただけだけだ。

これだけのことが分かっても土のことはまだよく分かっていないのが事実。分かっていることは土は常にバランスを取り続けていると言うことだ。人類によって空気や水、生物に大きな変化を与えているにも関わらず土の性質はあまり変わっていない。土が何らかの形で緩衝作用を果たしているというわけだ。私たち人類がまだ生き残っているのは土のおかげだと言える。

土は文明を作る。
聖書の創世記では「主なる神は大地の塵で人を造っ」と記されている。
エデンの園に住んだ最初の人間の名はアダムといい、これは土とか粘土を意味するヘブライ語のアダマ(adama)が元になっている。
ホモ・サピエンスのホモhomoは「土の」と訳せるhumusという語から来ており、humusは現代英語では腐食土を意味するように古代から土からヒトは生まれたと考えられていた。

アメリカ先住民が住む土地の購入を迫ったアメリカ政府に対して、シアトル酋長は「どうして大空や大地の売り買いができるのか。我々には馴染みない考えだ。・・・・我々は土地の一部であり、土地は我々の一部なのだ」と回答した。
アマゾンの原住民も、モンゴルの遊牧民も土地を自分の所有物だと考えていない。土地は目に見えない大きな存在が支配していると考えて、それを自分たちは借り受けているという感覚を持つ。
日本でも、加賀地方に残る「耕稼春秋」という農書では「土の性を受けて生きる点では、人も鳥も草木も万物皆同じである」と強調している。

「土」という漢字の字源は土を饅頭や団子のような形にしたものを土地の上に置いた姿を現している。もともと「土」単体で神社の「社」を意味していたがのちに土の横に祭卓を意味する「示」が合わさったようだ。

西洋の四元素説にも東洋の五行説にも土が含まれていて、肥沃土と分類される土地に人口は密集しているように、土が人間を支え、文明を支えている。

古代から現代に至るまで私たちの暮らしの中で、土は土器から土壁、瓦、土管、タイル、レンガなどの建築材料となり、台所の流しやトイレの便器など衛生環境も整えてくれた。コンクリートを作るセメントとして、鉄筋コンクリートやダムなど社会の土台にもなっていることが分かる。

泥を付け合う祭りやイベントが世界各地にあり、土から作られた薬や絵の具もあり、土着や土神といった風土に根ざした価値観や宗教が受け継がれている。

土の重要性について科学はまだまだ解明できていないが、それでも私たちは本能で理解している。子供は無邪気に土に汚れることを楽しみ、大人は土に触れて癒される。それが証拠だ。

~今後のスケジュール~

<自然農とパーマカルチャーデザイン 連続講座>
・沖縄県本部町 2月11日~12月1日
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・沖縄県豊見城市 2月10日~11月30日
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・京都府南丹市 3月16日~11月16日
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・京都会場 無料説明会 2月17日
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<自然農とパーマカルチャー1日講座>
・岐阜県岐阜市 4月21日

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